私の自転車旅行・一覧

これまで走ってきた旅の記録です。
最初の浜松町計画のとき、私は中学校に入学したばかりでした。
最初に使われた自転車は旧型車輌となっていますが、
これは5段式ギアのついた、当時流行の『電動式隠しライト』なるものを
搭載した自転車で、お世辞にも旅行専用車とは言いがたいものでした。
本格的にツーリングをはじめたきっかけとなったのが、この次に登場する
ブリジストン製の『MONOX』という自転車でした。
これを買ってもらったときは嬉しかった!
この自転車は傷んだフレームを再塗装してまで使い続けました(NM・T1)
さらに専用車としてはヨーロッパ旅行専用に作ったIS−022
自分で組んだ700CタイヤのC−90と続き、
現在使っているMF26MGBへとその役目が受け継がれてきました。


そして、旅は以下の3種類に分類されています。
ピンク ・・・自宅から目的地まで、完全往復した旅
ベージュ ・・・出発もしくは終着地が自宅で、往路・復路どちらかが輪行
ブルー ・・・自宅〜出発地、終着地〜自宅双方とも輪行

  1 浜松町計画 1982年10月10日 使用自転車=旧型車輌
    埼玉県越谷市〜東京都港区浜松町間 62.0km

  2 横浜計画 1982年11月13日 使用自転車=旧型車輌
    埼玉県越谷市〜神奈川県横浜市間 119.0km

  3 手賀沼計画 1982年12月19日 使用自転車=旧型車輌
    埼玉県越谷市〜千葉県印旛郡間 54.0km

  4 鎌倉計画 1983年1月15日 使用自転車=旧型車輌
    埼玉県越谷市〜神奈川県鎌倉市間 130.0km

  5 狭山湖計画 1983年2月11日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜埼玉県所沢市間 71.2km

  6 長瀞計画 1983年2月27日〜2月2日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜埼玉県長瀞町間 193.2km

  7 長野計画 1983年3月31日〜4月3日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜長野県長野市町間 505.6km

  8 東松山計画 1983年5月5日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜(武蔵丘陵森林公園)間 132.4km

  9 京阪神計画 1984年7月26日〜8月6日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜名古屋〜大阪〜名古屋間 709.4km

 10 石岡計画 1984年11月6日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜茨城県石岡市間 137.2km


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 11 五井計画 1985年4月28日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜千葉県市原市間 130.0km

 12 横須賀計画 1985年5月19日 使用自転車=シャウラ105
    埼玉県越谷市〜神奈川県横須賀市間 172.4km

 13 北陸計画 1985年8月17日〜8月27日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜長野〜直江津〜金沢〜敦賀〜名古屋〜越谷間 1、172.1km

 14 桐生計画 1985年9月22日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜群馬県桐生市間 182.8km

 15 阿武隈計画 1985年8月22日〜8月25日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜いわき〜郡山〜今市〜越谷間 531.5km

 16 越生計画 1986年10月26日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜埼玉県越生町間 105.8km

 17 正丸計画 1987年1月1日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜川越〜埼玉県横瀬町(正丸峠)〜所沢〜越谷間 209.3km

 18 中部計画 1987年2月21日〜2月26日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜甲府〜松本〜南木曽間 428.3km

 19 川治計画 1987年5月1日〜5月2日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜千葉県銚子市間 257.4km

 20 銚子計画 1987年8月1日〜8月3日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜千葉県銚子市間 248.2km


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 21 真岡計画 1988年3月19日〜3月20日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜栃木県真岡市間 164.2km

 22 浅間計画 1988年5月3日〜5月7日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜長野県松本市(浅間温泉)間 495.5km

 23 早雲山計画 1988年11月3日〜11月5日 使用自転車=MONOX・T−1
    埼玉県越谷市〜箱根早雲山〜横須賀〜越谷間 302.0km

 24 御岳計画 1989年1月21日〜1月22日 使用自転車=NM・T−1
    埼玉県越谷市〜奥多摩御岳山間 143.4km

 25 東北輪行計画 1989年4月29日〜5月6日 使用自転車=NM・T−1
    仙台〜気仙沼〜盛岡〜三沢〜青森間 554.5km

 26 紀州輪行計画
  1989年7月9日〜7月15日 使用自転車=IS−022
兵庫県明石〜大阪〜和歌山〜紀伊田辺間 323.5km

 27 大欧州計画 1989年8月6日〜1990年7月15日 使用自転車=IS−022
    パリ〜バルセロナ〜ニース〜ローマ〜オストゥニ間 3473km

 28 三峰計画 1990年11月23日〜11月24日 使用自転車=C−90
    埼玉県越谷市〜大滝村(秩父湖)間 230.0km

 29 岡山輪行計画 1990年1月2日〜1月5日 使用自転車=C−90
    大阪〜姫路〜備前間 162.2km

 30 山形輪行計画 1991年5月3日〜5月5日 使用自転車=C−90
    郡山〜米沢〜山形〜仙台間 220.3km


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 31 会津輪行計画 1991年7月28日〜7月29日 使用自転車=C−90
    栃木県今市市〜会津若松〜郡山間 174.9km

 32 南北海道輪行計画 1991年8月9日〜8月17日 使用自転車=C−90
    函館〜室蘭〜札幌〜滝川〜富良野間 468.0km

 33 新潟計画 1992年5月1日〜5月4日 使用自転車=C−90
    埼玉県越谷市〜前橋〜長岡〜新潟〜五泉間 368.3km

 34 四国輪行計画 1992年8月8日〜8月13日 使用自転車=C−90
    高知〜宇和島〜松山〜多度津間 425.0km

 35 浜名湖輪行計画 1992年11月21日〜11月22日 使用自転車=C−90
    浜松〜三ケ日〜湖西〜浜松(浜名湖一周)間

 36 富士輪行計画 1993年1月2日〜1月3日 使用自転車=C−90
    大月〜富士吉田〜身延〜沼津間 147.0km

 37 美濃輪行計画 1993年8月11日〜8月13日 使用自転車=C−90
    岐阜〜郡上八幡〜福井間 170.0km

 38 奥尻輪行計画 1993年10月12日〜10月23日 使用自転車=C−90
    函館〜奥尻〜長万部〜札幌間 560.0km

 39 雲仙輪行計画 1994年3月24日〜4月2日 使用自転車=C−90
    福岡〜長崎〜雲仙〜熊本〜佐賀間 588.1km

 40 鴨川計画 1994年10月8日〜10月9日 使用自転車=C−90
    埼玉県越谷市〜八日市場〜館山間 272.7km


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 41 神戸西部輪行計画 1995年1月20日〜1月24日 使用自転車=C−90
    大阪〜伊丹〜神戸〜大阪間 75.5km

 42 鳥取輪行計画 1995年5月2日〜5月7日 使用自転車=C−90
    京都〜福知山〜鳥取〜倉吉間 260.5km

 43 秋田輪行計画 1995年8月15日〜8月20日 使用自転車=STX−95
青森〜弘前〜男鹿〜秋田〜盛岡間 405.0km

 44 南紀輪行計画 1996年1月2日〜1月7日 使用自転車=WR−1500
名古屋〜津〜新宮〜潮岬間 308.0km

 45 水戸計画 1996年3月2日〜3月3日 使用自転車=WR−1500
埼玉県越谷市〜ひたちなか間 237.9km

 46 庄内輪行計画 1996年5月3日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
新潟〜村上〜鶴岡間 146.0km

 47 上高地輪行計画 1996年8月14日〜8月17日 使用自転車=MF26MGB
長野〜松本〜上高地〜長野間 268.5km

 48 伊那輪行計画 1996年9月21日〜9月23日 使用自転車=MF26MGB
松本〜伊那〜飯田〜豊橋間 268.5km

 49 茂木・烏山計画 1997年5月3日〜5月4日 使用自転車=MF26MGB
埼玉県春日部市〜烏山〜宇都宮〜壬生間 268.5km

 50 金精輪行計画 1997年7月18日〜7月20日 使用自転車=MF26MGB
日光〜金精峠〜群馬県伊勢崎市間 155.6km


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 51 山陽輪行計画 1997年8月29日〜9月2日 使用自転車=MF26MGB
山口県小郡町〜福山〜広島〜岡山間 331.0km

 52 常磐輪行計画 1998年5月2日〜5月4日 使用自転車=MF26MGB
仙台〜水戸間 268.5km

 53 薩摩輪行計画 1998年8月20日〜8月24日 使用自転車=MF26MGB
熊本〜川内〜鹿児島間 226.0km

 54 伊豆計画 1999年5月1日〜5月3日 使用自転車=RAD1000C
埼玉県春日部市〜静岡県三島市〜下田〜伊東間 335.0km

 55 道東輪行計画 1999年9月14日〜9月18日 使用自転車=MF26MGB
千歳〜帯広〜釧路〜網走〜女満別間 503.6km

 56 鎌北湖計画 2000年1月8日〜1月9日 使用自転車=MF26MGB
埼玉県春日部市〜鎌北湖(埼玉県)間 137.0km

 57 御前崎輪行計画 2000年2月11日〜2月12日 使用自転車=MF26MGB
静岡県清水市〜御前崎〜浜松間 126.4km

 58 外関西輪行計画 2000年5月3日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
滋賀県大津市〜奈良〜五條〜和歌山〜大阪間 250.2km

 59 山陰輪行計画 2000年8月25日〜8月29日 使用自転車=MF26MGB
鳥取〜大社〜出雲〜大田間 246.5km

 60 東九州輪行計画 2001年1月2日〜1月7日 使用自転車=RAD1000C
北九州〜湯布院〜大分〜宮崎間 353.0km


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 61 水郡計画 2000年8月25日〜8月29日 使用自転車=MF26MGB
福島県郡山市〜常陸大子〜水戸〜埼玉県春日部市間 249.6km

 62 室戸輪行計画 2001年9月5日〜9月8日 使用自転車=MF26MGB
高知〜安芸〜室戸〜牟岐間 151.5km

 63 京葉臨海計画 2001年10月6日 使用自転車=MF26MGB
埼玉県春日部市〜船橋〜千葉〜新木場間 122.0km

 64 城ヶ島計画 2002年1月2日〜1月3日 使用自転車=MF26MGB
埼玉県春日部市〜城ヶ島〜片瀬江ノ島間 143.8km

 65 新庄輪行計画 2002年5月2日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
秋田〜鶴岡〜新庄〜東根〜川内間 302.7km

 66 山口輪行計画 2002年9月10日〜9月15日 使用自転車=MF26MGB
小郡〜益田〜長門〜下関〜福岡間 341.5km

 67 知多輪行計画 2002年12月28日〜12月29日 使用自転車=MF26MGB
名古屋〜師崎〜伊良湖〜浜松間 139.5km

 68 南三陸輪行計画 2003年9月12日〜9月15日 使用自転車=MF26MGB
古川〜石巻〜気仙沼〜釜石間 223.5km

 69 舞鶴輪行計画 2004年5月1日〜5月4日 使用自転車=MF26MGB
米原〜小浜〜舞鶴〜福知山間 179.8km

 70 飛騨輪行計画 2004年9月16日〜9月19日 使用自転車=MF26MGB
飛騨古川〜高山〜古川〜富山間 124.3km


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 71 大井川輪行計画 2005年1月7日〜1月8日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   静岡県金屋町〜千頭間 76.6km

 72 五能輪行計画 2005年5月3日〜5月4日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   秋田県鹿角市〜弘前〜五所川原〜深浦間 169.9km

 73 徳島輪行計画 2005年9月7日〜9月10日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   高松〜琴平〜徳島〜阿南間 172.4km

 74 長井輪行計画 2006年5月3日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   山形県寒河江市〜米沢〜山形〜寒河江間 153.5km

 75 栗駒輪行計画 2006年9月5日〜9月7日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   宮城県古川市〜栗駒〜一関間 55.0km

 76 木曾輪行計画 2007年5月2日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   長野県木曽福島〜中津川〜名古屋間 153.6km

 77 中国横断輪行計画 2007年9月30日〜10月4日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   鳥取県鳥取市〜岡山県津山市〜岡山間 152.1km

 78 志摩輪行計画 2008年5月3日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ   三重県鳥羽市〜安乗岬〜登茂山〜鳥羽間 88.0km

 79 串本輪行計画 2008年9月12日〜9月16日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 和歌山県串本町〜紀伊田辺間、紀伊勝浦〜那智山 85.0km

 80 三次輪行計画 2009年5月4日〜5月7日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 広島県東広島市〜島根県松江市(宍道)間 176.5km


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 81 岩出山輪行計画 2009年9月19日〜9月21日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 大崎(東大崎)〜舟形町(長沢駅)間  71.4km

 82 しまなみ輪行計画 2010年9月19日〜9月21日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 東尾道〜新居浜間 132.9km

 83 震災常磐輪行計画 2011年4月29日〜5月1日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 日立多賀〜いわき(原発避難区域入口)間 105.0km

 84 阿波室戸輪行計画 2012年5月18日〜5月21日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 阿南〜室戸岬〜安芸間 158.9km

 85 野辺山輪行計画 2014年5月3日〜5月5日 使用自転車=MF26MGB
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 軽井沢〜野辺山〜甲府間 115.5km

 86 宮古輪行計画 2014年5月1日〜5月5日 使用自転車=シェファードアイアン
  DATAは『最新・自転車旅行の記録』へ 宮古〜久慈間 94.6km


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計画名  1  浜松町計画
実行年月日  1982年10月10日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→新橋→(山手線沿線の道路を縫うように)→浜松町→(皇居内堀通り)→
有楽町→(皇居内堀通り)→桜田門→(皇居内堀通り)→目安門(皇居内堀通り)→(国道4号線)→越谷
使用車輌  旧型車輌
10

10
出発・到着地
越谷
浜松町
出発・到着時間(往路)
0930発
1202着
10

10
出発・到着地(復路)
浜松町
越谷
出発・到着時間
1330発
1900着
走行距離  62.0km
キップ
浜松町駅[東京モノレール]※現存せず
備考

初の計画・初の実行
計画といってもほとんどムチャクチャな実行で、国道4号で日本橋、東京丸の内へ抜けてから東海道本線の線路下沿いに浜松町間で走った。東京モノレールで羽田空港まで行って時間を潰し、往路とほぼ同じコースで東京まで戻り、国道4号で越谷へと戻った。


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計画名  2  横浜計画
実行年月日  1982年11月3日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→東京・新橋→(第三京浜国道)→横浜→(第三京浜国道)→東京・新橋→(国道4号線)→越谷

※横浜市内 横浜駅東口→横浜公園(スタジアム)→山下公園(日本丸)→マリンタワー→横浜駅東口
使用車輌  旧型車輌
11


出発・到着地(往路)
越谷
横浜
出発・到着時間
0500発
1045着
11


出発・到着地(復路)
横浜
越谷
出発・到着時間
1430発
2000着
走行距離  119.0km
キップ
※現存せず
同行者
合計1名
備考

友達と行った最初の計画
第三京浜(国道15号)国道で横浜へ。坂道はまったくなし。時期が悪かったため、服装は防寒のため重装備に。横浜市内は横浜駅〜横浜スタジアム〜山下公園(日本丸)〜マリンタワー〜横浜駅と回って越谷へ。


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計画名  3  手賀沼計画
実行年月日  1982年12月19日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・野田線)→野田→(国道16号線)→柏→(国道356号線)→
手賀沼→(国道356号線)→柏→(国道16号線)→野田→(県道越谷・野田線)→越谷
使用車輌  旧型車輌
12

19
出発・到着地(往路)
越谷
手賀沼
出発・到着時間
0600発
0950着
12

19
出発・到着地(復路)
手賀沼
越谷
出発・到着時間
1100発
1700着
走行距離  54.4km
キップ
なし
同行者
合計3名
備考

旅行というより遊びの計画
県道越谷野田線、国道16号線、国道365号線経由で手賀沼へ。同行者は中学校クラスメイトの3人。現在に至まで最も多くの参加者があった旅になった。計画自体は小さかったが、道に迷ったり寒さが厳しかったり大変な計画になった。この計画で千葉県中部は平野というより丘陵地帯で、けっこうきつい道だというのが分かった。なお、この計画が5段変速の旧型車輛の最後の計画になった。


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計画名  4  鎌倉計画
実行年月日  1983年1月15日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→東京・新橋→(第三京浜国道)→横浜→(鎌倉街道)→
北鎌倉→(鎌倉街道)→横浜→(第三京浜国道)→東京・新橋→(国道4号線)→越谷
使用車輌  旧型車輌


15
出発・到着地(往路)
越谷
鎌倉
出発・到着時間
0400発
1100着


15
出発・到着地(復路)
鎌倉
越谷
出発・到着時間
1230発
1945着
走行距離  130.0km
キップ
なし
同行者
合計1名
備考

日帰りの限界に挑戦
第三京浜(国道15号)国道、鎌倉街道経由で鎌倉へ。それまでの日帰りの限界が横浜(旧型車輛を使った場合)だったので、それに挑戦しようと計画、実行したもの。同行者の乗っていた自転車は通学用の実用車であったためスピードは上がらず、鎌倉街道の鎌倉側の坂道が大変だったため、鶴ヶ丘八幡宮の入り口に当たる北鎌倉までしか行けず、しかも鎌倉にいたのはたった30分という短さだった。越谷へ帰る時間もかなり遅くなり、同行者はバテてしまった。


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計画名  5  狭山湖計画
実行年月日  1983年2月21日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・浦和線)→浦和→(県道浦和・所沢線)→所沢→(県道浦和・所沢線)→
浦和→(県道越谷・浦和線)→越谷
使用車輌  MONOX−T1


21
出発・到着地(往路)
越谷
所沢
出発・到着時間
0400発
0700着


21
出発・到着地(復路)
所沢
越谷
出発・到着時間
1058発
1304着
走行距離  71.2km
キップ
所沢駅(西武鉄道)
備考

新型旅行専用車モノックスT−1の試験計画
県道浦和越谷線、県道浦和所沢線経由で所沢へ。本格的な長距離旅行ができる新型車のモノックスT−1を使った初めての計画。しかし、帰り道の大半が冷たい雨となり、走行距離の割には体力・気力を消耗する旅になった。しかし、自転車の方はまったく異常は見られず、試験走行としては十分な結果が得られた。同行者は中学校クラスメイト。


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計画名  6  長瀞計画
実行年月日  1983年3月27日〜3月28日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・浦和線)→浦和→(国道17号線)→大宮→(国道16号線)→
川越→(国道140号線)→東松山→(国道140号線)→寄居→(国道140号線)→長瀞
※復路も同じルート
使用車輌  MONOX−T1


27
出発・到着地(往路)
越谷
長瀞
出発・到着時間
0400発
1800着


28
出発・到着地(復路)
長瀞
越谷
出発・到着時間
0730発
1930着
走行距離  193.2km
宿泊地  長瀞SLホテル
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1−158 TEL0494−66−3011
キップ
長瀞駅(秩父鉄道)
備考

初の一泊旅行
県道浦和所沢線、国道17号、旧国道16号、国道140号経由で長瀞へ。初の泊まりかげけの計画。寄居〜長瀞間の国道140号は切り通しで道幅の狭い登り坂の続く危険地帯。泊まったのは長瀞のSLホテル。復路は怪しい天気になったが、雨は降らなかった。


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計画名  7  長野計画
実行年月日  1983年3月31日〜4月3日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・岩槻線)→岩槻→(国道16号線)→大宮→(国道17号線)→
高崎→(国道18号線)→屋代→(県道更埴・須坂線)→松代→(県道長野・須坂線)→長野
※復路も同じルート
使用車輌  MONOX−T1


31
出発・到着地(往路)
越谷
長野
出発・到着時間
0130発
1730着



出発・到着地(復路)
長野
越谷
出発・到着時間
0200発
1900着
走行距離  505.6km
宿泊地  長野市内
長野県長野市松代町(親戚の家泊まり)
キップ
熊谷駅(秩父鉄道)        熊谷駅(東武鉄道)
高崎駅(上信電鉄)        上田駅(上田交通)
長野駅(長野電鉄)        屋代駅(長野電鉄)
松代駅(長野電鉄)
備考

初の関東圏外への挑戦
初の関東圏の外へ出る計画。合計3泊したが、基本的な長野までの往復は初日と最終日の合計2日間。とはいってもこれまでの計画では最大の走行距離、しかも碓氷峠というまったく経験をしたことのない難所があるため、予備灯・リヤキャリア、セーフティレバーを自転車に装備。一番の難関である碓氷峠はやはり苦戦。ほとんど自転車を押して登る事になってしまった。往路と復路以外の2日間は、長野盆地の中を走り回った。碓氷峠を下るのも恐怖を感じ、ブレーキの改良が必要だなと思うようになった。


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計画名   8  東松山計画
実行年月日  1983年5月5日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・岩槻線)→岩槻→(旧・国道17号線)→大宮→(国道16号線)→
川越→(国道254号線)→東松山→(県道熊谷・東松山線)→森林公園
※復路も同じルート
使用車輌  MONOX−T1



出発・到着地(往路)
越谷
森林公園
出発・到着時間
0512発
0810着



出発・到着地(復路)
森林公園
越谷
出発・到着時間
1400発
1800着
走行距離 132.4km
キップ
川越市駅(東武鉄道)        東松山駅(東武鉄道)
森林公園駅(東武鉄道)
備考

トレーニングコースの下見
県道浦和越谷線、旧国道16号、国道254号で東松山経由武蔵丘陵森林公園へ。友人Tが同行者となる予定だったが越谷での待ち合わせに失敗し、一人で実行することに。コース的にはまったく凸凹がない平らな道で、楽な計画だった。トレーニングするには調度いいコースだった。


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計画名  9  京阪神計画
実行年月日  1983年7月26日〜8月6日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→東京・新橋→(第三京浜国道)→横浜→(国道1号線)→
小田原→(国道1号線)→箱根→(国道1号線)→富士→(国道1号線)→
静岡→(国道1号線)→金屋→(国道1号線)→浜松→(国道1号線)→
豊橋→(国道1号線)→名古屋→(国道1号線)→四日市→(県道湯ノ山線)→
湯ノ山→(鈴鹿スカイライン)→土山→(国道1号線)→大津→(国道1号線)→
京都→(国道1号線)→大阪→(国道26号線)→大阪・長居→(国道308号線)→
生駒→(国道308号線)→奈良→(一般県道)→笠置→(国道163号線)→
伊賀上野→(国道25号線)→関→(国道1号線)→鈴鹿→(国道1号線)→名古屋
使用車輌  MONOX−T1


26
出発・到着地(往路)
越谷
富士
出発・到着時間
0200発
2000着


27
出発・到着地(復路)
富士
金屋
出発・到着時間
0530発
1230着


28
出発・到着地(復路)
金屋
名古屋
出発・到着時間
0800発
2000着


29
出発・到着地(復路)
名古屋
大津
出発・到着時間
0730発
2000着


30
出発・到着地(復路)
大津
京都
出発・到着時間
0500発
0700着



出発・到着地(復路)
京都
大阪
出発・到着時間
0800発
1300着



出発・到着地(復路)
大阪
奈良
出発・到着時間
0800発
1600着



出発・到着地(復路)
奈良
名古屋
出発・到着時間
0800発
1930着
走行距離  709.4km
宿泊地
静岡県富士市
富士駅近くのベンチで野宿

小夜の中山ユースホステル
静岡県金屋町菊川90

名古屋青少年会館ユースホステル
〒460 愛知県名古屋市中区栄1−18−8

東山ユースホステル
〒605 京都府京都市東山区三条通り白川橋五軒町112

大阪市立長居ユースホステル
〒546 大阪府大阪市東住吉区長居公園1−1

奈良ユースホステル
〒630 奈良県奈良市法蓮町1716
復路輪行
桑名で財布紛失に気づき、名古屋まで走って東海道本線で撤収
(自転車は宅急便で送る)
キップ
横浜駅(相模鉄道)         桜木町駅(横浜市交通局)
小田原駅(箱根登山鉄道)      三島駅(伊豆箱根鉄道)
新清水駅(静岡鉄道)        金屋駅(大井川鉄道)
新浜松駅(遠州鉄道)        新豊橋駅(豊橋鉄道)
栄町駅(名古屋鉄道)        名古屋駅(近畿日本鉄道)
栄駅(名古屋市交通局)       名古屋駅(近畿日本鉄道・特急券)
西桑名駅(近畿日本鉄道)      近鉄四日市駅(近畿日本鉄道)
富田駅(三岐鉄道)         浜大津駅(京阪電気鉄道)
河原町駅(阪急電鉄)        四条大宮駅(京阪電気鉄道)
京都駅(京都市交通局)       京都駅(近畿日本鉄道)
三条駅(京阪電気鉄道)       天満橋駅(京阪電気鉄道)
難波駅(南海電気鉄道)       梅田駅(大阪市交通局)
梅田駅(阪神電気鉄道)       梅田駅(阪急電鉄)
本町駅(大阪市交通局)       奈良駅(近畿日本鉄道)
備考

700kmを超える初の大計画
主な道路は国道1号で、越谷〜東京〜横浜〜静岡〜名古屋〜四日市〜大津〜京都〜大阪〜奈良〜伊賀上野〜桑名〜名古屋の各都市を経由、全10泊の大計画。走行距離が長いため、難関は数知れないが、一番となると生駒〜奈良間の暗峠(くらがりとうげ)。とても車では登れないような急坂、細い道路が続く峠道で、標高は低いが通過するのに膨大な時間を要した。他にも箱根峠、鈴鹿峠、浜名峠、新日本坂トンネル、伊賀・笠置・柳生など、難所は数知れず。ロードマップだけで計画を立てたのは甘かったかもしれない、と後で後悔した。おまけに名古屋に着く寸前に財布を落として所持金ゼロ。復路の名古屋〜越谷間をあきらめざるを得ないのはもちろんのこと、中断して帰る事もできなくなった。仕方なく越谷へ連絡、親父の遠い親戚の人が名古屋に居るということで、その人と名古屋で会い、お金を借りることに。えらい迷惑をかけることになってしまった。宿泊地は富士(野宿)、静岡県金屋町(YH)、名古屋(YH)、大津(野宿)、京都(YH)、大阪(YH)、奈良(YH)、桑名(野宿)。費用、時間、距離のすべてに関して最大の計画であった。


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計画名   10  石岡計画
実行年月日  1984年11月6日
自転車走行区間道順
越谷→(県道越谷・野田線)→野田→(県道野田・岩井線)→岩井→(県道土浦・岩井線)→
土浦→(国道6号線)→石岡 ※復路も同じルート
使用車輌  MONOX−T1
11


出発・到着地(往路)
越谷
石岡
出発・到着時間
0530発
1040着
11


出発・到着地(復路)
石岡
越谷
出発・到着時間
1210発
1740着
走行距離 137.2km
キップ
水街道駅(関東鉄道)         佐貫駅(関東鉄道)
取手駅(関東鉄道)          土浦駅(筑波鉄道)
新土浦駅(筑波鉄道)         石岡駅(鹿島鉄道)
備考

『モノックスT−1』改装試運転
往路は県道越谷野田線、県道野田岩井線、県道土浦岩井線、国道6号で石岡へ。復路は松戸まで国道6号。京阪神計画終了後、『モノックスT−1』を改装(ハブのクイックシャフト化、チェーン・フリーホイール交換、ほか)を行い、その試運転のための計画。ギヤ比が以前より低くなった。また、この計画は常磐方面へ抜ける時のタイムロスを少なくするための道選びを行う意味もあった。しかし、往路での岩井経由のコースでは満足した結果は得られなかった。しかも、この旅ではカメラを家に置いてくるという大失敗をしてしまった。常磐方面は、千葉県の北総地区ど同様な丘陵地帯が続き、太平洋側に抜けるまで見掛け以上に苦労するコースだった。


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計画名   11  五井計画
実行年月日  1985年4月28日
予定していたコース
越谷→(県道足立・越谷線)→東京・梅島→(環状七号線)→亀有→(国道4号線)→五井
 ※復路も同じルート
自転車走行区間道順
越谷→(県道足立・越谷線)→東京・五反野→(都道市川線)→市川→(国道16号線)→五井
 ※復路も同じルート
使用車輌  MONOX−T1


28
出発・到着地(往路)
越谷
五井
出発・到着時間
0500発
0950着


28
出発・到着地(復路)
五井
越谷
出発・到着時間
1130発
1630着
走行距離 130.0km
キップ
京成千葉駅(京成電鉄)        青砥駅(京成電鉄)
五井駅(小湊鉄道)
備考

小湊・房総へ初進出
環状七号、国道16号で五井へ。ほとんど気まぐれな計画で、小湊鉄道の写真を撮りに行くためだけの計画。コース上に起伏はほとんどなく、走る面白みという面では少々欠ける旅になってしまった。国道16号では浜風が強く、予想以上に走るのに苦労した。


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計画名   12  横須賀計画
実行年月日  1986年5月19日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→東京・日本橋→(第三京浜国道線)→横浜→(第三京浜国道線)→
横須賀→(国道16号線)→横浜→(国道1号線)→東京・丸の内→(内堀・白山通り)→
東京・王子→(国道122号線)→大宮→(国道122号線)→浦和→(県道浦和・越谷線)→越谷
使用車輌  シャウラ105(ロードレーサー)


19
出発・到着地(往路)
越谷
横須賀(追浜)
出発・到着時間
0500発
1230着


19
出発・到着地(復路)
横須賀(追浜)
越谷
出発・到着時間
1310発
1740着
走行距離 184.1km
キップ
横浜駅(東京急行電鉄)       横浜駅(京浜急行)
品川駅(京浜急行)         追浜駅(京浜急行)
備考

最新型車輛ロードレーサー『シャウラ105』登場
往路は第一京浜国道、復路は国道1号(第二京浜国道)を選んで走った。しかし、第一京浜国道の方が起伏が少なくて走りやすい道だった。使用車輛はロードレーサーの『シャウラ105』。久し振りに『モノックスT−1』以外での実行になった。日帰りの計画にしては距離が長いため、ロードでなければ難しいこともあった。試運転時バンクが多くて少々問題になったが、今回の横須賀往復ではパンクは一度もなかった。横須賀市といっても、ギリギリ横須賀市となっている京浜急行・追浜駅までで、市街地まで走ることはできなかった。この計画でいかに横浜市が大きいかということ、そしてロードレーサーの安定感の無さを実感した。


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計画名  13  北陸計画
実行年月日  1985年8月17日〜8月27日
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和・越谷線)→浦和→(国道17号線)→高崎→(国道18号線)→
上越(直江津)→(国道8号線)→(越前宮崎)→(国道8号線)→富山→(国道8号線)→
金沢→(国道8号線)→福井→(国道8号線)→敦賀→(国道8号線)→米原→(国道21号線)→
岐阜→(国道21号線)→名古屋→(国道153号線)→豊田→(国道248号線)→
岡崎→(国道1号線)→豊橋→(国道1号線)→静岡→(国道1号線)→三島→(国道246号線)→
溝ノ口→(一般都道)→府中→(一般都道)→高円寺→(環状7号線)→梅島→(国道4号線)→越谷
使用車輌  MONOX−T1


17
出発・到着地
越谷
上田
出発・到着時間
0210発
1720着
走行距離
192・7km


18
出発・到着地
上田
長野
野尻湖
出発・到着時間
0900発
1230着
1658
走行距離
 34・6km


19
出発・到着地
野尻湖
越前宮崎
出発・到着時間
0800発
1935着
走行距離
124・5km


20
出発・到着地
越前宮崎
金沢
出発・到着時間
0800発
1807着
走行距離
119・3km


21
出発・到着地
金沢泊まり




22
出発・到着地
金沢
敦賀
出発・到着時間
0830発
1800着
走行距離
114・3km


23
出発・到着地
敦賀
名古屋
出発・到着時間
0600発
1942着
走行距離
132・3km


24
出発・到着地
名古屋泊まり




25
出発・到着地
名古屋
浜松
出発・到着時間
0800発
1702着
走行距離
107・9km


26
出発・到着地
浜松
三島
出発・到着時間
0500発
1634着
走行距離
141・4km


26
出発・到着地
浜松
三島
出発・到着時間
0500発
1634着
走行距離
141・4km


27
出発・到着地
三島
越谷
出発・到着時間
1000発
2358着
走行距離
117・3km
走行距離 1172.1km
宿泊地
上田ビジネスホテル
長野県上田市


野尻湖ユースホステル
長野県上水郡信濃町大字野261−2


越前宮崎
北陸本線・越前宮崎駅で野宿


松井ユースホステル
石川県金沢市片町1−9−3


敦賀
北陸本線・敦賀駅で野宿


名古屋青少年会館ユースホステル
愛知県名古屋市中区栄1−18−1


浜松
東海道本線・浜松駅で野宿


三島
静岡県清水町・柿田川湧水地近くの民家にお世話になる

キップ
熊谷駅(秩父鉄道)        高崎駅(上信電気鉄道)
上田駅(上田交通)        長野駅(長野電鉄)
屋代駅(長野電鉄)        早月加積駅(富山地方鉄道)
富山駅(富山地方鉄道)      北鉄金沢駅(北陸鉄道)
野町(北陸鉄道)         小松駅(北陸鉄道)
福井口駅(福井鉄道)       福井駅(京福電気鉄道)
米原駅(近江鉄道)        大垣駅(樽見鉄道)
新岐阜駅(名古屋鉄道)      新名古屋駅(名古屋鉄道)
東山公園駅(名古屋市交通局)   名古屋駅(近畿日本鉄道)
豊田市(名古屋鉄道)       豊橋駅(名古屋鉄道)
新浜松駅(遠州鉄道)       新静岡駅(静岡鉄道)
新金屋駅(大井川鉄道)      吉原駅(岳南鉄道)
鶴間駅(小田急電鉄)       江田駅(東京急行電鉄)
京王稲田堤駅(京王帝都電鉄)   野方駅(西武鉄道)
備考

京阪神に続く第2の大計画
走行距離は 1,000km以上、全10泊の大計画。途中で計画が挫折し、走行距離 700km台で終わった京阪神計画を遥かに上回り、しかも計画通り完走することができた記念すべき旅。主な国道だけでも17号、18号、8号、161号、21号、22号、153号、248号、1号、246号、4号などを通り、県庁所在地だけでも浦和、長野、金沢、福井、岐阜、名古屋、静岡、横浜、東京の9つを通過した。そのうち金沢、名古屋で2泊した。北陸計画最大の難所となったのは親不知。標高が高かったり峠があるわけではないが、通過時間帯が夜になってしまった上、道路は幅が狭く、しかもリアス式海岸を走るためアップダウンが激しく、トンネルや落石防止シェルターの連続で、自転車で走るのは非常に危険な道路だった。峠など標高の高さでてこずった箇所は少なく、しいていえば碓氷峠、野尻湖付近、敦賀〜琵琶湖湖岸、浜名湖付近、御殿場〜松井田ぐらいで、どれも標高的にはたいしたことはない。野宿が多かったため(越前宮崎、敦賀、浜松、三島)、経費はだいぶ節約できた。なお、三島では公園で野宿しようと思っていたら近くのアパートの人に呼び止められ、風呂に入れてもらった上に食事、そして寝床まで提供してもらった。オヤジさんはトラックの運転手らしく、野球好きな男の子と遊んだりして楽しかった。旅の暖かさを感じた一瞬だった。計画実行中は全般的に天候にも恵まれ、雨は一度も降らなかった。


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計画名   14  桐生計画
実行年月日  1986年5月5日
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→栗橋→(国道125号線)→加須→(国道122号線)→
桐生→(県道桐生・館林線)→佐野→(県道桐生・館林線)→館林→(国道122号線)→
加須→(国道122号線)→栗橋→(国道4号線)→越谷
使用車輌  MONOX−T1



出発・到着地(往路)
越谷
桐生
出発・到着時間
0500発
1130着



出発・到着地(復路)
桐生
越谷
出発・到着時間
1200発
1800着
走行距離 182.8km
キップ
西羽生駅(秩父鉄道)        佐野駅(東武鉄道)
西桐生駅(上毛電気鉄道)
備考

埼北への初進出
国道6号、国道125号、国道122号、県道桐生館林線などで太田・足利・桐生・佐野といった上信の町を回った。しかし、天候が悪く、自転車の調子も悪かった。上信の町の地形は以外に平で走りやすく、千葉北総や茨城常磐などより順調に進むことができた。


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計画名  15  阿武隈計画
実行年月日  1986年8月22日〜8月27日
自転車走行区間道順
越谷→(一般県道)→松戸→(国道6号線)→我孫子→(国道35号線)→
佐原→(国道51号線)→大洋→(県道大洋鹿島線)→鉾田→(県道大洋鹿島線)→
(従山)→(国道51号線)→大洗→(県道254号線)→日立→(国道6号線)→いわき→(国道49号線)→
郡山→(国道4号線)→須賀川→(県道矢板今市線)→(玉川)→(一般県道)→
矢吹→(国道4号線)→矢板→(県道矢板今市線)→今市→(国道119号線)→鹿沼→(一般県道)→
栃木→(県道古河栃木線)→古河→(国道4号線)→越谷
使用車輌  MONOX−T1


22
出発・到着地
越谷
大洋
出発・到着時間
0635発
1625着
走行距離
117・7km


23
出発・到着地
大洋
いわき
出発・到着時間
0530発
1800着
走行距離
119・1km


24
出発・到着地
いわき
郡山
出発・到着時間
0840発
1700着
走行距離
 68・7km


25
出発・到着地
郡山
今市
出発・到着時間
0640発
1750着
走行距離
113・6km


26
出発・到着地
今市
越谷
出発・到着時間
0930発
1830着
走行距離
112・4km
走行距離  531.5km
宿泊地
鹿島臨海鉄道 大洋駅(野宿)
茨城県大洋村


平ユースホステル
福島県いわき市平下神谷字釜の台26


国鉄水郡線 磐城守山駅(野宿)
福島県郡山市


真光苑ユースホステル
栃木県今市市木和田島2112−2

キップ
新鉾田駅(鹿島臨海鉄道)     鉾田駅(鹿島鉄道)
那珂湊駅(茨城交通)       久慈浜駅(日立電鉄)
鮎川駅(日立電鉄)        栃木駅(東武鉄道)
杉戸高野台駅(東武鉄道)
備考

東北方面初進出
1986年8月22日〜8月27日実行。全四泊。国道6号、356号、51号、254 号、49号、4号、118号、119号などを経由。宿泊地は大洋(野宿)、平、郡山 (野宿)、矢板。常磐、南東北はほとんど進出していなかったので意味のある計画。前半 の二日間は台風が接近していたので風が強くコンディションは最悪。大洗や平に着いても まったく泳げなかったが、後半の三目間は台風一過のいい天気が続き阿武隈山地も気持ち良 く越えることができた。この計画の最大難関は遠野に入る手前の長沢峠だろう。しかしこ の峠もトンネルが掘られていたのですぐに峠越えする人も楽になるだろう。以外だったの はいわきの勿来(なこそ)が走りにくかった。予定していなかった矢板から今市を経由す るコースは地図を見ただけで難関だというのは分かっていたがそれでも昔は鉄道が通って いたはずだからたいしたことはないかなと思っていたがやっぱり山の中の峠道だった。


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計画名   16  越生計画
実行年月日  1986年10月26日
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和・越谷線)→浦和→(国道17号線)→大宮→(国道16号線)→
川越→(県道川越・坂戸線)→坂戸→(県道坂戸・越生線)→越生
※往路で東武鉄道坂戸機関区で行われたELさよなら会に寄り道
使用車輌  MONOX−T1
10

26
出発・到着地(往路)
越谷
坂戸
越生
出発・到着時間
0630発
1100着 1200発
1230着
10

26
出発・到着地(復路)
越生
越谷
出発・到着時間
1330発
1700着
走行距離 105.8km
キップ
 坂戸駅(東武鉄道)        越生駅(東武鉄道)
備考

東武鉄道東上線坂戸機関区撮影会
計画というよりは東武鉄道東上線坂戸機関区で行われたELさよなら撮影会へ行くのが目的で、ついでに越生まで足を延ばした。ちょっと前までは旧 型の7800型が走っていた越生線も今では冷房がついた更新車5000型が走っていた。この辺りは計画して走るような所でもないので気ままにきてみてたが入間丘陵の中だとい うのに坂道は少ない。川越を越えるとき日高方面へ抜ける道を間違えたために往路に時間がかかりすぎた。


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計画名   17  正丸計画
実行年月日  1987年1月1日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和・越谷線)→浦和→(武蔵丘陵自転車道)→川越→(国道16号線)→
入間→(国道299号線)→正丸→(国道299号線)→入間→(県道入間・所沢線)→
狭山湖→(県道浦和・所沢線)→浦和→(県道浦和・越谷線)→越谷



出発・到着地(往路)
越谷
正丸峠
出発・到着時間
0045発
0640着



出発・到着地(復路)
正丸峠
越谷
出発・到着時間
0710発
1300着
走行距離 209.3km
キップ
 正丸駅(西武鉄道)
備考

1986年初日の出ラン
往路は県道浦和越谷線・県道浦和所沢線経由で入間、飯能を経て正丸へ。復路は国道299号から国道16号線、県道岩槻越谷線を通過した。 暖かめの正月で3時で9℃という初日の出ランとなり、ちょうどよかった。が、それは平地だけの話 で飯能〜正丸峠間は路面が凍結して危険な状態であったため当初の計画では秩父までいく はずだったが、峠の頂上で折り返した。峠では走行中転倒したバイク、自転車と怪我をし た人がいた。自分も峠を下る途中アイスバーンで転倒、前照灯を損傷した。正丸駅〜正丸 峠間高低差360m、正丸峠最高点海抜660m。


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計画名  18  中部計画
実行年月日  1987年2月21日〜2月27日
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和・越谷線)→浦和→(県道浦和・所沢線)→所沢→(府中街道)→
国分寺→(国道20号線)→塩尻→(国道19号線)→松本→(国道158号線)→
新村→(国道158号線)→松本→(国道19号線)→塩尻→(国道19号線)→南木曽
復路輪行(2月26〜27日)
中央本線 普通 大桑1756発→中津川1835着
中央本線 普通 中津川1859発→名古屋2033着
東海道本線 普通 名古屋2110発→大垣2155着
東海道本線 普通 大垣2204発→東京0442着
使用車輌  MONOX−T1


21
出発・到着地
越谷
相模湖
出発・到着時間
0600発
1410着
走行距離
 88・6km


22
出発・到着地
相模湖
上諏訪
出発・到着時間
0800発
1830着
走行距離
141・4km


23
上諏訪泊


24
出発・到着地
上諏訪
木曾福島
出発・到着時間
0830発
1830着
走行距離
134・0km


25
木曾福島泊


26
出発・到着地
木曾福島
南木曽
出発・到着時間
0900発
1600着
走行距離
 63・0km
走行距離  428.0km
宿泊地
相模湖ユースホステル
東京都相模湖町与瀬266


スワコユースホステル
長野県諏訪郡下諏訪町高木9209


木曾旅情庵ユースホステル
長野県木曽郡木曾福島町新開

キップ
高尾駅(京王帝都電鉄)      大月駅(富士急行)
新村駅(松本電気鉄道)      松本駅(松本電気鉄道)
備考

国内自転車旅行最大の難計画
主な目的は中央道を完全走破することであったが、6日間のうち4日間は雪で、 しかも後半3日聞は大雪警報が発令され吹雪きになる最悪の天侯、30cmくらい積もった。 南木曽〜中津川間で雪と凍傷のため走行不可能となり計画を中断、車輌をばらして郵送し、 国鉄中央本線、東海遣本線で関東へ撤退した。極低温、1000m以上の高所が続き、 大雪、路面凍結など挙げたらきりがないほどの最悪な条件下、人間も全身の感覚が麻痺、 末端部凍傷のなかよく南木曽まで進撃できた。自転車もスプロケット、フロント・リヤディレイラー、ハブ、 マッドガードなどに雪が詰まって凍緒し、まともに稼働する状態ではなかった。 越谷に帰ってきても体はボロボロ、郵送してきた自転車も部品の大半が錆び付き、 改修・複旧に2ケ月ほどかかった。ちなみに当初の予定では名古屋に抜け、国道1号で関東に帰還する予定だった。

●02月21日[晴れ]
自転車も体調も良。都県境の小仏峠[548M]で少し苦労したくらい。
●02月22日[曇りのち雪]
難関が多い区間でしかも最悪な天候だった。笹子峠[1,096m、富士見峠[960m]などが続き、 向かい風、そして韮崎からふりだした雪は人雪でかなり吹雪いた。 甲府〜富士見峠間[標高差約700m]ではなにもかも凍ってしまうような状態だった。
●02月23日[晴れ]
天気は良かったが、車輌・備品とも大雪で重傷だったため、整備をして諏訪でゆっくりした。 が、この日まったく移動しなかったことが、後に計画の失敗につながることになってしまった。
●02月24日[曇りのち雪]
今回の計画の最高峰が揃った区間。塩尻峠[999m]、鳥居峠[1,197m]、 辰野〜木曾駒高原大原間など。奈良井付近から雪が降り始めたて状態は悪かったが、 車輌への被害は少なかった。
●02月25日[雪]
大雪なたれ注意報発令。まったく行動不可能。


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計画名   19  川治計画
実行年月日  1987年5月1日〜5月2日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→小山→(例幣使街道)→栃木→(例幣使街道)→
都賀→(国道352号線)→鹿沼→(国道352号線)→今市→(国道121号線)→川治湯元



出発・到着地(往路)
越谷
川治湯元
出発・到着時間
0230発
1430着



出発・到着地(復路)
川治湯元
越谷
出発・到着時間
0600発
1800着
走行距離 257.4km
宿泊地
野岩鉄道・川治湯元駅
野宿
キップ
 新高徳駅(東武鉄道)    鬼怒川公園駅(東武鉄道)
 川治湯元駅(野岩鉄道)   湯西川温泉駅(野岩鉄道)
備考

社会人計画第一号
1986年5月1日〜5月2日実行。雨天のため最終目的地会津高原には到着できず、川治湯本泊まり、 折り返しとなった。下今市〜川治間は山道ではあるがそれほどひどい坂道ではなかった。 福島・栃木両県境までは千葉県のようなアップダウンの道が続くようだった。 泊まったのはひさびさの野宿で野岩鉄川治湯本駅。今度は福島側まで走破することを誓った。


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計画名   20  銚子計画
実行年月日  1987年8月1日〜8月3日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(旧・国道4号線)→竹ノ塚→(環状七号線)→市川→(国道14号線)→船橋・谷津→(国道296号線)→
八日市場→(国道126号線)→銚子→(国道356号線)→我孫子→(国道6号線)→松戸→(一般道)→越谷



出発・到着地(往路)
越谷
銚子
出発・到着時間
0500発
1700着



出発・到着地(復路)
銚子
越谷
出発・到着時間
0930発
1800着
走行距離 248.2km
宿泊地
犬吠荘ユースホステル
〒288 千葉県銚子市犬吠崎10292−10
キップ
 京成佐倉駅(京成電鉄)    ユーカリが丘駅(山万)
 銚子駅(銚子電鉄)          犬吠駅(銚子電鉄)
備考

関東走破第一計画
1987年08月01日〜同年08月03日実行。国道4号、環状七号で東京湾岸に出て 国道296号で上総を進み銚子へ。復路は国道356号で利根川ぞいに埼玉へ。 悪天候と強風のため悪戦苦闘、そして銚子有料道路をはじめ千葉県内陸部の道路はアップダウンの 激しい道で走破するのに時間がかかった。宿泊ば銚子のユースホステルだったがひどいボロだった。 ユースホステルとしてははずれだったが、三人のたのしい女の子がそんな雰囲気を吹き飛ばしてくれた。


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計画名   21  真岡計画
実行年月日  1988年3月19日〜3月20日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線)→杉戸→(県道杉戸境線)→境→(県道境結城線)→
三和→(国道125号線)→下妻→(国道294号線)→下館→(国道294号線)→
真岡→(国道294号線)→下館→(国道50号線)→小山→(国道4号線)→越谷


19
出発・到着地(往路)
越谷
真岡
下館
出発・到着時間
0500発
1215着
1700着


20
出発・到着地(復路)
下館
越谷
出発・到着時間
0930発
1500着
走行距離 164.2km
宿泊地
下館ビジネスホテル
茨城県下館市
キップ
 下妻駅(関東鉄道)        下館駅(関東鉄道)
 真岡駅(東日本旅客鉄道)
備考

真岡線廃止
国道4号で杉戸まで北上、一般県道・国道294号で下館・真岡へ。 復路は国道4号使用。天候がよくコースも楽だったが、前計画より半年以上開いていたため足がきつかった。 計画では真岡以北、そして下館から水戸に抜けるコースまで走り切る予定だったが、 パンク修理に時間がかかってしまい走破することはできなかった。 結局宿泊は下館市内のビジネスホテルとなった。


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計画名   22  浅間計画
実行年月日  1988年5月3日〜5月7日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和越谷線)→浦和→(国道17号線)→高崎→(国道18号線)→
上田市大屋→(一般県道・国道254号線・三才山有料道路、トンネル)→
浅間温泉→(一般県道・国道254号線・三才山有料道路、トンネル)→上田市大屋→(国道18号線)→
安中→(国道18号線・碓井バイパス)→榛名町→(一般道・国道406号線)→
前橋→(一般道)→伊勢崎→(県道伊勢崎・本庄線)→本庄→(国道17号線)→大宮→(国道16号線)→越谷



出発・到着地
越谷
軽井沢
出発・到着時間
0400発
1830着



出発・到着地
軽井沢
浅間温泉
出発・到着時間
0830発
1730着



出発・到着地
浅間温泉
小諸
出発・到着時間
0800発
1600着



出発・到着地
小諸
前橋
出発・到着時間
0845発
1545着



出発・到着地
前橋
越谷
出発・到着時間
0830発
1700着
走行距離 495.5km
宿泊地
軽井沢ユースホステル
長野県北佐久郡軽井沢町旧軽井沢1362

浅間温泉ユースホステル
長野県松本市大字浅間温泉302−1

小諸ユースホステル
長野県小諸市南ヶ原3876

キップ
 大屋駅(東日本旅客鉄道)     中央前橋駅(上毛電気鉄道)
 新伊勢崎駅(東武鉄道)
備考

信州から松本へ、シルバーモノックス最後の旅
国道17、18号で信州へ、国道254号で松本へ。予定していたコースとはだいぶ違った計画になってしまった。 この計画の大きな目的に、会社に入ってからどれだけ体力が低下したのか試すというのがあったが、 結果は予想以上に衰えており、そのおかげで新走破区間は信越本線の大屋〜浅間温泉〔松本市]間495.5kmにとどまった。 予定では長野原経由で榛名山で宿泊、越谷へ帰還という計画だった。 実際には往復ともに碓氷峠(往路は旧道、復路は碓氷バイパス)を通り、小諸のユースホステルに宿泊となってしまった。 ただ、小諸のユースは標高1,000mを越える高原の中だったので榛名山登山の代わりにはなったかもしれない。 それからは碓氷峠を通過し、前橋市内のビジネスホテルに宿泊、越谷へ帰還した。 付け加えてこの計画終了後、モノックスは全面改修・フレーム再塗装を行った。


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計画名   23  早雲山計画
実行年月日  1988年11月3日〜11月5日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(国道4号線、第三京浜国道)→横浜→(国道1号線)→箱根宮ノ下→(国道138号線)→
強羅→(国道138号線)→宮ノ下→(国道1号線)→箱根→(国道1号線)→
大磯→(国道134号線)→鎌倉→(一般道)→六浦→(国道16号線)→
横須賀→(国道16号線)→横浜→(国道1号線)→東京→(国道4号線)→越谷
11


出発・到着地
越谷
早雲山
出発・到着時間
0430発
1830着
11


出発・到着地
早雲山
元箱根
鎌倉
出発・到着時間
0900発
1100着
1800着
11


出発・到着地
鎌倉
横須賀中央
越谷
出発・到着時間
0830発
1115着
1900着
走行距離 302.0km
宿泊地
箱根早雲山ユースホステル
神奈川県足柄郡箱根町強羅1320

鎌倉花月園ユースホステル
神奈川県鎌倉市坂の下27−9

キップ
 早雲山駅(箱根登山鉄道、ケーブル線) 小涌谷駅(箱根登山鉄道)
 江ノ島駅(江ノ島鎌倉観光電鉄)    鎌倉駅(江ノ島鎌倉観光電鉄)
湘南江ノ島駅(湘南モノレール)    横須賀中央駅(京浜急行)
備考

新性能化モノックス試運転
思い付きの旅で、はっきりいって計画なと立てずにフラッと出かけた旅。 千葉方面での試験運転がチェーンリングの調整不足で満足な走りができなかったので 新モノックスでの再銚戦という意味もあった。すべての改修を完了、整備に五ケ月を費やし、 フレームをメタリックレッドに再塗装、チェーンリング、チェーン、リヤヂィレイラー、シフトワイヤー、 ブレーキワイヤーを新品に交換、ボトルを新設、すべての駆動部の清掃およびグリスアップ、 流用パーツの徹底した整備、再設置で別の自転車のように変わった『新モノックス』は、 パーツのグレードがかなり上がっているのとグリスアップが効いて調子も上々だった。 ちょっとフロントブレーキの調子が悪かったが、再調整ですぐに機嫌が良くなった。 前回の浅間計画、そしてこの旅で学生時代に比べて体力の低下が著しく、 現在準備に取り掛かっているヨーロッパ計画の実行が急務であるだろう。


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計画名   24  多摩計画
実行年月日  1989年1月21日〜1月22日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和越谷線)→浦和→(県道浦和所沢線)→所沢→(多摩湖周遊道路)→
武蔵村山→(往路は新青梅、復路は青梅街道)→青梅→(国道411号線)→御嵩・滝本
※御嵩・滝本〜御嵩山頂まではケーブルカーを使用、自転車も積載。


21
出発・到着地
越谷
御嵩山
出発・到着時間
0700発
1730着


22
出発・到着地
御嵩山
越谷
出発・到着時間
0900発
1700着
走行距離 143.4km
宿泊地
御嵩ユースホステル
東京都青梅市御嵩山57

キップ
 御嵩山・滝本駅(御嵩登山鉄道)
備考

久しぶりの冬季計画
冬季許画とはいっても関東エリア内、しかもこの上ない暖冬だったので楽な計画だった。 計画が終わった翌日、多摩施方は大雪になった。衛嵩駅(JR)〜滝本(御嵩登山)間は 17%という急坂、とても自転車に乗って登れる坂ではなかった。滝本〜御嵩山頂間はケ ーブルカー内に自転車と一緒に乗車した。


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計画名   25  東北輪行計画
実行年月日  1989年4月29日〜5月5日
使用車輌  MONOX−T1
自転車走行区間道順
仙台→(一般道)→泉→(国道4号線)→一ノ関→(国道284号線)→
気仙沼→(国道45号線)→大船渡・盛→(国道107号線)→住田→
遠野→(国道283号線)→花巻→(国道4号線)→十和田市→(県道十和田三沢線)→
三沢・大曲→(一般農道)→六戸→(一般農道)→向山→(農道向山三沢線)→
三沢→(一般県道)→野辺地→(国道4号線)→青森


28

29
鉄道輪行(急行 八甲田)
上野
仙台
出発・到着時間
2135発
0310着


29
出発・到着地
仙台
一ノ関
陸前高田
出発・到着時間
0430発
1200着
1830着


30
出発・到着地
陸前高田
大船渡・盛
遠野
出発・到着時間
0930発
1130着
1730着



出発・到着地
遠野
花巻
盛岡
出発・到着時間
0810発
1130着
1515着



盛岡泊まり




出発・到着地
盛岡
二戸
出発・到着時間
0830発
1330着



出発・到着地
二戸
十和田市
下田町・向山
出発・到着時間
0900発
1300着
1600着



出発・到着地
下田町・向山
野辺地
青森
出発・到着時間
0830発
1100着
1500着





鉄道輪行(臨時急行 八甲田82号)
青森
上野
出発・到着時間
1730発(8分遅れ)
0525着
走行距離 554.5km
宿泊地
陸前高田ユースホステル
岩手県陸前高田市気仙町字砂盛176−6

遠野ユースホステル
岩手県遠野市土淵町13地割39−5

盛岡ユースホステル
岩手県盛岡市高松1−9−41

二戸
一般の旅館

カワヨグリーンユースホステル
青森県下田町字向山3331 カワヨグリーン牧場

キップ
 仙台駅(東日本旅客鉄道)       沢辺駅(栗駒電鉄)
 気仙沼駅(東日本旅客鉄道) 盛駅(東日本旅客鉄道・三陸鉄道・岩手開発鉄道)
遠野駅(東日本旅客鉄道)       沼宮内駅(東日本旅客鉄道)
 十和田市駅(十和田観光電鉄)     野辺地駅(南部縦貫鉄道)
 青森駅(東日本旅客鉄道)
備考

初の輪行計画、ニューモノックス最後の旅
MONOX旅行専用車としての最後の計画として実行した、そして初の輪行計画として実 行した全走行踊離554.5q、仙台〜青森間の計画。大欧州計画準備の第一段として地図上 で組み立てられたこの計画は、山地帯は少ないと予想していた。が、仙台〜青森間に平らな 区間はまったくなかった。しかも初日の仙台〜陸前高田間でムリをしたため右是関節を痛 めてしまった。その後、コールドスプレーと薬で痛みを静めながらの走りとなった。青森 まで行けないかと思ったが、予定通り実行、完走することができた。天気はあまり良くな かったが、雨に降られることはなかった。NMX-XT“ニューモノックス"最後の旅と して最高のものができた。


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計画名   26  紀州輪行計画
実行年月日  1989年7月9日〜7月15日
使用車輌  IS−022 BURAI
自転車走行区間道順
明石→(国道2号線)→御影→(国道42号線)→大阪→(国道26号線)→
貝塚→(一般府道)→水間→(一般府道)→貝塚→(国道42号線)→岬→(国道26号線)→
和歌山→(国道42号線)→紀伊田辺




10
鉄道輪行(普通・大垣行き)
東京
大垣
鉄道輪行(普通)
大垣
明石
出発・到着時間
2325発
0657着
出発・到着時間
0709発
1047着


10
出発・到着地
明石
垂水
出発・到着時間
1250発
1515着


11
出発・到着地
垂水
大阪
水間
泉佐野
出発・到着時間
0810発
1400着
1715着
1815着


12
出発・到着地
泉佐野
和歌山
藤並
有田(YH)
出発・到着時間
0900発
1300着
1625着
1720着


13
出発・到着地
湯浅(有田YH)
御坊
紀伊田辺
出発・到着時間
0930発
1120着
1515着


14

15
鉄道輪行(紀勢本線 普通)
紀伊田辺
御坊
鉄道輪行(紀勢本線 普通)
御坊
和歌山
鉄道輪行(快速 阪和線)
和歌山
天王寺
鉄道輪行(東海道本線 快速)
大阪
大垣
鉄道輪行(東海道本線 普通大垣〜東京)
大垣
東京
出発・到着時間
1320発
1403着
出発・到着時間
1432発
1538着
出発・到着時間
1542発
1636着
出発・到着時間
1740発
2014着
出発・到着時間
2224発
0442着


15
出発・到着地
東京
越谷
出発・到着時間
0620発
0900着
走行距離 323.5km
宿泊地
神戸垂水ユースホステル
兵庫県神戸市垂水区海岸通り5−58

南大阪ビジネスホテル
南海電鉄南海本線泉佐野駅東口

有田ユースホステル
和歌山県有田郡湯浅町栖原海岸809

扇ヶ浜ユースホステル
和歌山県田辺市新屋敷町44

キップ
 明石駅(山陽電鉄)          垂水駅(山陽電鉄)
 新長田駅(神戸市交通局)    新開地駅(神戸高速鉄道)
和田岬駅(西日本旅客鉄道)      魚崎駅(阪神電鉄)
 貝塚駅(水間鉄道)          水間駅(水間鉄道)
 多奈川駅(南海電気鉄道)     加太駅(南海電気鉄道)
和歌山市駅(南海電気鉄道)      日方駅(野上電鉄)
藤並駅(有田鉄道)         西御坊駅(紀州鉄道)
御坊駅(紀州鉄道)     紀伊田辺駅(西日本旅客鉄道)
備考

欧州旅行専用自転車『IS-022』竣工
前計画の東北輪行で旅行専用車として長年使用してきたNMX―XT(ニューモノックス)が現役を退き、 大欧州計画専用車として設計・竣工したフルオーダー車IS-022(BURAI)が旅行専用車となり、 その処女走行としてこのツーリングを計画。自転車走行区間は明石(兵庫県)〜紀伊田辺(和歌山県)と 東京〜越谷(埼玉県)。明石市内で忘れ物をしたり、大阪通過の道選びが失敗したり、雨にたたれたりで 計画通りには進まなかった。潮岬まで走る予定だったが、紀伊田辺のユースホステルで宿泊した際に 日射を浴び続けた体に冷たい水を浴びて倒れ、日射病に近いと判断してここで計画を打ち切った。 それだけ紀伊半島に入ってからの日射は強烈だった。宿泊地も予定では垂水・和歌山・紀伊田辺・潮岬だったが、 実際には垂水・泉佐野・湯浅・紀伊田辺となった。夏の計画だったため日焼けも深刻で、 田辺についたときはかなりの重症に。痛みもひどく、和歌山〜田辺間はかなり走るのに苦労した。


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計画名   27  大欧州計画
実行年月日  1990年8月6日〜1991年1月17日
使用車輌  IS−022 BURAI
自転車走行・鉄道移動区間全行程





往路航空機移動(1989年)
【日本】東京(成田空港)
【イギリス】ロンドン(ヒースロー空港)

【イギリス】ロンドン(ヒースロー空港)
【フランス】パリ(シャルル・ド・ゴール空港)
出発・到着時間
1430発
1800着

2045発
2245
自転車走行区間道順
フランス区間(1989年8月8日〜9月7日)
パリオルレアン〜ブールジュ〜リモージュ〜モントーバン〜ツゥルーズ
カルカソンヌ〜ナルボンヌ〜ペルピニャン〜リャンサ

スペイン区間(1989年9月8日〜9月24日)
リャンサ〜フィゲラス〜ギローナ〜バルセロナ〜シッチェス〜バルセロナ
マタロー〜パラモス〜パルス〜ビラダマト〜カステジョ・デンプリエス〜ル・ブル

フランス区間(1989年9月25日〜10月17日)
ル・ブル〜ナルボンヌ〜モンペリエ〜アルル〜マルセイユ〜トゥーロン〜カンヌ〜ニース〜マントン
イタリア区間(1989年10月18日〜11月29日)
マントン〜ジェノバ〜ピサ〜フィレンツェ〜ピサ〜ローマ・・(鉄道)・・ナポリ
マンフレドニア〜バレッタ〜バーリ〜オストゥニ
走行距離約3473km
鉄道移動区間(宿泊地)1989年11月30日〜1990年1月15日
【イタリア】オストゥニ〜フォッジャ〜リミニ〜【サンマリノ】サンマリノ(宿泊せず)〜リミニ〜ミラノ〜
【スイス】ブリーグ〜ジュネーブ〜ベルン〜チューリッヒ〜【西ドイツ】ミュンヘン〜
【オーストリア】ザルツブルグ〜ウィーン〜リンツ〜インスブルク〜ザルツブルク〜【西ドイツ】ミュンヘン〜
フランクフルト〜ケルン〜【オランダ】アムステルダム〜ハーグ〜【ベルギー】ブリュッセル〜
【ルクセンブルク】ルクセンブルク〜【フランス】パリ〜リヨン〜【スイス】ジュネーブ〜
ルツェルン〜【イタリア】ミラノ〜【スイス】ジュネーブ


16

17
復路航空機移動(1990年)
【スイス】ジュネーブ(コアントラン空港)
【イギリス】ロンドン(ヒースロー空港)

【イギリス】ロンドン(ヒースロー空港)
【日本】東京(成田空港)
出発・到着時間
1230発
1300着

1430発
1125着
備考

生まれてはじめての海外旅行が自転車で欧州を旅する計画
生まれてはじめての海外旅行、はじめての海外自転車旅行、はじめての数千キロ単位の旅・・・ とにかく何もかもがはじめての自転車による海外での大旅行。 本来であれば、パリを出発し、スペイン経由でイタリア、ユーゴスラビア、ギリシャなどを経由して 西ドイツやベネルクス3国を巡る予定だったが、バルセロナより先で大雨、東欧の大革命によるユーゴスラビアの閉鎖、 襲ってくる冬の寒さ、そして3回にわたる自転車の盗難により、イタリア半島突端近くのオストゥニで自転車を断念。 鉄道移動に切り替えて旅を続け、ヨーロッパの国々を周り、都市を超えた1990年1月に日本に帰国。 自転車の旅全工程約3500キロ、鉄道区間を含めた全日程164日の大旅行でした。


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計画名   28  三峰計画
実行年月日  1990年11月23日〜11月24日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
越谷→(県道浦和越谷線)→浦和→(国道16号線)→大宮市指扇→(国道16号線)→
川越→(県道日高・川越線)→高麗川→(国道299号線)→秩父→(国道140号線)→
秩父湖→(国道140号線)→秩父→(国道140号線)→高麗川→(国道299号線)→
川越→(国道16号線)→大宮→(県道大宮・岩槻線)→岩槻→(県道岩槻・越谷線)→越谷
11

23
出発・到着地
越谷
正丸トンネル
秩父湖
出発・到着時間
0730発
1400着
1730着
11

24
出発・到着地
秩父湖
正丸トンネル
越谷
出発・到着時間
0830発
1130着
1715着
走行距離 230.0km
宿泊地
秩父湖ユースホステル
埼玉県秩父郡大滝村大字大滝3755

キップ
 三峰口駅(秩父鉄道)         西武秩父駅(西武鉄道)
備考

新型車『CHORUS DELUTA』竣工
大欧州計画から帰国後はじめてのツーリング計画。ヨーロッパで専用自転車だった『IS-022』を失い、 『T1―XT』(2代目の自転車旅行専用車)が老朽化で廃車となったため、新型の専用自転車『CHORUS DELUTA』を竣工、 この計画がはじめての使用となった。ハンドル関係とチェーンリングは『T1―XT』から流用。 変速機はイタリアで購入したカンパニョロ・コーラス(セミラージ)、700Cタイヤという今まで使ったことのないタイプ。 そのためか、初めて使用したこのツーリングではかなり疲れが出る結果に。埼玉県越谷市〜秩父湖間往復230キロ、 いつもの練習コースである正丸峠をそのまま秩父湖まで延長したツーリング。700Cタイヤの空気圧が低かったのか、 一日目にかなりの体力を使い、秩父湖に着いたのは17時半、真っ暗になってしまった。復路はそれほど問題はなかった。


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計画名   29  岡山輪行計画
実行年月日  1991年1月2日〜1月5日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
新大阪→(国道173号線)→川西池田→(国道173号線)→池田→(国道171号線)→
芦屋→(国道2号線)→明石→(国道175号線)→小野→(一般県道)→加西→(国道372号線)→
姫路→(国道2号線)→備前



鉄道輪行(東海道新幹線・ひかり205号)
東京
新大阪
出発・到着時間
0756発
1048着



出発・到着地
新大阪
池田
芦屋
垂水
出発・到着時間
1200発
1315着
1400着
1715着



出発・到着地
垂水
三木
粟生
相生
出発・到着時間
0900発
1130着
1300着 1340発
1730着



出発・到着地
相生
備前
出発・到着時間
1015発
1330着



鉄道輪行(山陽新幹線・こだま350号)
岡山
新大阪
鉄道輪行(東海道新幹線・ひかり120号)
新大阪
東京
出発・到着時間
1537発
1656着
出発・到着時間
1704発
2008着
走行距離 162.2km
宿泊地
神戸垂水ユースホステル
兵庫県神戸市垂水区海岸通り5−58

ビジネスホテル芳鶴(相生到着後、鉄道で姫路へ移動し宿泊)
兵庫県姫路市亀井町31

倉敷ユースホステル(備前到着後、鉄道で倉敷へ移動し宿泊)
岡山県倉敷市向山1537−1

キップ
 川西能勢口駅(能勢電鉄)   電鉄三木駅(神戸電気鉄道)
 粟生駅(神戸電気鉄道)    和気駅(同和鉱業片上鉄道)
備考

CHORUS DELUTA輪行試験
大欧州計画で盗難され、幻で終わったIS-022『BURAI』の後輩として、 バラしやすく700Cタイヤを採用した新型自転車CHORUS DELUTA使った初の輪行計画。 予定では新大阪〜岡山問だったが、寒さにやられて新大阪〜備前市間となった。 海沿いの国道2号線の他に内陸部の川西、三木、小野などを経由した。 恩った以上に川西、三木付近で手閻取り、CHORUS DELUTAに新しく取り付けた ブレーキハンドルの調子が悪く、最後まで良くなることなく計画は終わった。 そして寒さのためと、相生で旅館が見つからず、長時間外を走り回ったために体調まで崩し、 姫路まで戻ってビジネスホテルに泊まったときはかなり酷くなってしまった。 そのため備前市までで計画は終わってしまい、討画名の岡山に着くことはできなかった。 備前(和気)より輸行、倉敷泊まりで翌日に大欧州計画の途中、フランス・スイスで会った 坂本さんに再開してから、新幹線で関東へ戻った。


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計画名   30  山形輪行計画
実行年月日  1991年5月3日〜5月5日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
郡山→(国道4号線)→福島→(国道13号線)→米沢→(国道13号線)→赤湯(南陽)→(一般県道)→
上ノ山→(国道山形348号線)→山形→(国道265号線)→仙台



鉄道輪行(東北本線・快速ラピッド号)
浦和
黒磯
鉄道輪行(東北本線・普通)
黒磯
郡山
出発・到着時間
0821発
1020着
出発・到着時間
1028発
1132着



出発・到着地
郡山
(昼食)
二本松
福島
出発・到着時間
1230発
1300〜1400
1500着
1620着



出発・到着地
福島
(昼食)
米沢
赤湯(南陽)
山形
出発・到着時間
0840発
1130〜1200
1300着
1400着 1430発
1730着



出発・到着地
山形
笹谷峠
(昼食)
仙台
出発・到着時間
0840発
1130着
1220〜1310
1440着



鉄道輪行(常盤線・スーパーひたち号)
仙台
土浦
鉄道輪行(常盤線・普通)
土浦

出発・到着時間
1804発
2142着
出発・到着時間
2155発
2232着
走行距離 220.3km
宿泊地
ビジネス旅館 梁川屋
福島県国見町・JR東北本線藤田駅前

山形ユースホステル
山形県山形市大字黒沢293−3

キップ
 福島駅(福島交通)         福島駅(阿武隈急行)
 赤湯駅(山形鉄道)
備考

CHORUS DELUTA改良試験
前回の岡山輸行計画で不調だったパームコントロールを外し、キャリアを後部に戻した形でCHORUSを使用。 短い日数で郡山・福島・山形・仙台の各都市を回り、板谷・笹谷峠を越える計画。 福島まではそれほど大きな峠もなく、早い時間に到着することができたが、山側の天候が悪くて 宿泊予定だった吾妻高原のユースホステルヘ行くことができず、福島の先にある藤田まで鉄道移動し旅館に泊まる。 福島〜山形〜仙台は予想通りの山道だったが、天侯が良かったため走りやすかった。 おまけに最後の難関、笹谷峠はトンネルが自動車専用道路だったため旧道を通ることになった。 このため仙台到着が遅れ、予定していた常磐線の特急『スーパーひたち』に乗ることができなかった。


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計画名   31  会津輪行計画
実行年月日  1991年7月28日〜7月29日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
今市→(国道121号線)→田島→(国道121号線)
→会津若松→(国道49号線)→猪苗代→(国道49号)→郡山


28
鉄道輪行(東武鉄道伊勢崎線・地下鉄日比谷線経由)
JR東北本線・普通

上野
宇都宮
鉄道輪行(JR日光線)
宇都宮
今市
出発・到着時間
0509発
0654着
出発・到着時間
0705発
0753着


28
出発・到着地
今市
鬼怒川温泉
新藤原
五十里湖
会津田島
会津若松
塩川
出発・到着時間
0845発
0950着
1000着
1045〜1115
1350〜1400
1630着
1700着


29
出発・到着地
塩川
会津若松
猪苗代
郡山
出発・到着時間
0900発
0945着
1050着
1230着


29
鉄道輪行(東北本線・普通)
郡山
黒磯
鉄道輪行(東北本線・普通)
黒磯
久喜
鉄道輪行(東武鉄道伊勢崎線経由)
出発・到着時間
1804発
2142着
出発・到着時間
2155発
2232着
走行距離 174.9km
宿泊地
会津の里ユースホステル
福島県会津塩川町大字小府根字畑が谷36

キップ
会津田島駅(会津鉄道)         会津塩川駅(東日本旅客鉄道)
 久喜田駅(東日本旅客鉄道)
備考

川治計画の延長計画
越谷〜川治湯元間往復で終わった川治計画の延長を目的とした計画。 JR東北本線・日光線で今市へ輪行してから今市〜会津若松〜塩川経由で郡山まで進み、郡山から輪行。 東北本線(郡山〜久喜)、東武鉄道伊勢崎線(久喜〜越谷)で戻るという計画。 計画開始前日に上野まで出てオールナイトの映画館で時間を潰した後に東北本線の始発で移動開始。 前回の川治計画ではランドナーのモノックスT−1を使用したが、今回は700Cタイヤのコーラスを使用。 その差が大きく現れた。 新藤原まで1時間15分、五十里湖の難関以外はそれほど難しいところもなく、会津田島の手前にある峠もトンネルで難なく通過。 若松を通り、塩川に17時と余裕の到着。 塩川では盛大な花火大会があった。 2日目は会津若松市街を通過せず、猪苗代を通り郡山へ。 やはり大きな難関はなかった。 鉄道への接続がうまくいかず、帰宅自体は遅くなった。


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計画名   32  南北海道輪行計画
実行年月日  1991年8月9日〜8月17日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
函館→(国道5号線)→長万部→(国道37号線)→東室蘭→(国道36号線)
→苫小牧→(一般道道)→沼ノ端→(国道36号線)→恵庭→(一般道道)
→広島→(国道274号線)→札幌→(国道12号線)→滝川→(国道38号線)→富良野




10
鉄道輪行(JR東北本線 臨時急行・十和田、常磐線経由)
上野
青森
鉄道輪行(JR津軽海峡線 快速・海峡7号)
青森
函館
出発・到着時間
2330発
1125着
出発・到着時間
1206発
1449着


10
出発・到着地
函館
大沼

出発・到着時間
1600発
1705着
1810着
走行距離
40・3Km


11
出発・到着地

八雲
(静狩)
(大岸)
伊達紋別
出発・到着時間
0900発
1010着
1245着
1445着
1630着
走行距離
113・8Km


12
出発・到着地
伊達紋別
室蘭
苫小牧
ウトナイ湖
出発・到着時間
0900発
1130着
1600着
1700着
走行距離
100・5Km


13
出発・到着地
ウトナイ湖
千歳空港駅(現・南千歳駅)
広島
札幌
岩見沢
出発・到着時間
0900発
0930着
1130着
1230着
1630着
走行距離
111・7Km
(注)
豊幌〜岩見沢間
1・5往復


14
出発・到着地
岩見沢
砂川
滝川
芦別
富良野
出発・到着時間
0900発
1200・1300発
1415着
1600着
1800着
走行距離
101・7Km


15

16

17日
鉄道輪行(富良野線・普通)
富良野
滝川
鉄道輪行(函館本線・普通)
滝川
札幌
鉄道輪行(千歳線・普通)
札幌
苫小牧
鉄道輪行(室蘭本線・臨時特急 北斗84号)
苫小牧
函館
鉄道輪行(津軽海峡線・臨時快速 海峡88号)
函館
青森
鉄道輪行(東北本線&常磐線・臨時急行 十和田)
函館
青森
出発・到着時間
1247発
1402着
出発・到着時間
1413発
1605着
出発・到着時間
1800発
1917着
出発・到着時間
1028発
1353着
出発・到着時間
1800発
2045着
出発・到着時間
2101発
1013着
走行距離 468.0km
宿泊地

森駅前の旅館泊まり

伊達紋別 有珠観光会館ユースホステル
北海道伊達市有珠町32

苫小牧 ウトナイ湖ユースホステル
北海道苫小牧市植苗

富良野
旅館泊まり

苫小牧 旅館・福島屋
北海道苫小牧市寿町16
キップ
函館駅(北海道旅客鉄道)         苫小牧駅(北海道旅客鉄道)
岩見沢駅(北海道旅客鉄道)        富良野駅(北海道旅客鉄道)
札幌駅(札幌市交通局)          函館駅(北海道旅客鉄道)
備考

初の本州離脱計画
長年自転車の旅をやってきたが、この計画が初の本州脱出計画となった。 輪行が片道15時間を超えるため、鉄道旅行としても一流に入る。 しかし、いきなり往路で電車に乗るのに失敗、東北・奥羽本線経由の急行『津軽』から常盤・東北本線経由の急行『十和田』に変更。 しかし、変更した『十和田』の方が『津軽』より先に青森に到着し、その先の快速『海峡』も楽々席がとれた。 函館で自転車を組み立てて自転車の旅を開始。 広大な北海道の大地を走り抜け、森、伊達紋別、苫小牧、岩見沢で泊まりながら富良野までの計画。 この計画では、岩見沢付近で切符と財布を落とすという大失態をやらかし、後々お金の調達に非常に苦労した。 自転車の旅は予想外に峠道が少なくて走りやすかった。


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計画名   33  新潟計画
実行年月日  1992年5月1日〜5月4日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
越谷→(県道岩槻・越谷線)→岩槻→(大宮第2産業道路)→上尾→(国道17号線)
→高崎→(国道17号線)→前橋→(国道8号線)→三国峠→(国道17号)
→長岡→(一般県道)→三条→(一般地方道)→燕→(一般地方道)→三条 →(国道8号線)→新潟→(一般地方道)→新津→(一般地方道)→五泉



出発・到着地
越谷
桶川
熊谷
深谷
前橋
渋川
ユースホステル
出発・到着時間
0720発
0930着
1130着
1215着・1300発
1530着
1730着
1930着
走行距離
134・2Km



出発・到着地
ユースホステル
沼田
※ 昼  食
三国峠
六日町
ユースホステル
出発・到着時間
0900発
1020着
1200〜1230
1420着
1700着
1800着
走行距離
97・2Km



出発・到着地
ユースホステル
小千谷
長岡

出発・到着時間
0900発
1200着・1230発
1400着
1630着
走行距離
72・1Km



出発・到着地

白根
新潟
五泉
出発・到着時間
0945発
1100着・1200発
1400着・1445発
1600着
走行距離
64・8Km



鉄道輪行(磐越西線・普通)
五泉
新津
鉄道輪行(信越本線・普通)
新津
新潟
鉄道輪行(上越新幹線・臨時 あさひ580号)
新潟
大宮
出発・到着時間
1709発
1725着
出発・到着時間
1730発
1749着
出発・到着時間
1958発
2141着
走行距離 368.3km
宿泊地
渋川 赤城パオスユースホステル
〒379-11 群馬県勢多郡赤城村大字溝呂木1077―1

六日町 六日町国際ユースホステル
〒949-66 新潟県南魚沼郡六日町小栗山1920―1

燕 初元旅館
〒959-12 新潟県燕市秋葉町1−3−7
キップ
六日町駅(東日本旅客鉄道)        小千谷駅(東日本旅客鉄道)
 燕駅(新潟交通)             白根駅(新潟交通)
東関屋駅(新潟交通)            五泉駅(蒲原鉄道)
備考

1年半ぶりの自宅出発の自転車旅行
往路に鉄道輪行をせず、久々に自転車で自宅を出発。国道17号線、8号線経由で新潟へ。 往路は自転車だが往復するまでの時間はなく、復路は輪行。 最大の難関・三国峠でフル装備のロードマンを駆る女の子の頑張りには自分の自信がぐらつくほどのショックを受けた(日本海に沈む夕日を見たくて走っていると言っていた)。 赤城・六日町・燕に泊まった後、計画通りに新潟に到着。 そして五泉へと向かったが、五泉に着いたと思ったら大粒の雹が長時間降り続いた。 村松まで行こうかと思ったが、これ以上の進撃は不可能になった。 最近は自宅周辺に走るような場所がなくなり、岡山輪行に続き新幹線を使った復路輪行となった。


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計画名   34  四国輪行計画
実行年月日  1992年8月8日〜8月13日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
高知→(国道56号線)→中村→(国道56号線)→宇和島→(国道56号線)
→大洲→(国道56号線)→松山→(国道11号線)→伊予小松→(国道11号線)
→伊予三島→(国道11号線)→豊浜→(国道377号線)→琴平→(国道319号線)
→善通寺→(一般県道)→多度津



鉄道輪行(東海道・山陽新幹線、季節列車ひかり29号)
東京
岡山
鉄道輪行(瀬戸大橋線・快速マリンライナー17号)
岡山
坂出
鉄道輪行(予讃線・普通)
坂出
多度津
鉄道輪行(土讃線・普通)
多度津
阿波池田
鉄道輪行(土讃線・普通)
多度津
阿波池田
鉄道輪行(土讃線・特急しまんと7号)
阿波池田
高知
出発・到着時間
0610発
1009着
出発・到着時間
1015発
1055着
出発・到着時間
1115発
1055着
出発・到着時間
1100発
1120着
出発・到着時間
1121発
1255着
出発・到着時間
2255発
2350着



出発・到着地
高知
須崎
中坂峠
伊与喜
中村
出発・到着時間
0900発
1240着
1400着
1600・1630発
1810着
走行距離
115・0Km


10
出発・到着地
中村
宿毛
一本松
津島
宇和島
出発・到着時間
1000発
1130着
1230・1315着
1530・1545着
1650着
走行距離
90・0Km


11
出発・到着地
宇和島
宇和
大洲
松山
出発・到着時間
0915発
1130・1230発
1400着
1800着
走行距離
100・0Km


12
出発・到着地
松山
広田
西条
伊予三島
出発・到着時間
1000発
1200・1300発
1500着
1730着
走行距離
82・0Km


13
出発・到着地
伊予三島
琴平
多度津
出発・到着時間
1030発
1240着
1420着
走行距離
38・0Km


13
鉄道輪行(瀬戸大橋線・快速マリンライナー44号)
高松
岡山
鉄道輪行(東海道・山陽新幹線、ひかり24号)
岡山
東京
出発・到着時間
1701発
1759着
出発・到着時間
1807発
2200着
走行距離 425.0km
宿泊地
高知
JR四国・明野駅(野宿)

中村 ビジネスホテル丸三
古津賀下田分岐点

宇和島 宇和島ユースホステル
宇和島市愛宕公園

松山 松山ユースホステル
道後姫塚乙22−3

伊予三島 ビジネス旅館
中央4−9
キップ
高知駅(四国旅客鉄道)           中村駅(土佐くろしお鉄道)
土佐佐賀駅(土佐くろしお鉄道)        宇和島駅(四国旅客鉄道)
松山駅(伊予鉄道)              横河原駅(伊予鉄道)
琴電琴平駅(高松琴平電気鉄道)       琴平駅(四国旅客鉄道)
備考

四国発進出計画
予定では8月7日に東京を出る寝台特急『サンライズ瀬戸』に乗るはずだったが、仕事のため乗ることができず、 東京駅で一夜を明かしたあと、新幹線で四国に向けて出発した。しかし台風10号の影響で香川県の阿波池田駅で9時間以上足止めされ、 予定していた香川県からの出発を断念。そのまま列車で高知に向かい、、駅で一晩野宿したあとようやく自転車での走行を開始。 また、計画後半にも台風11号に邪魔をされ高松到着を断念。多度津で自転車区間を終了させた。

   8月7日  8月8日  8月9日  8月10日  8月11日  8月12日  8月13日
    晴れ  雨のち雷雨  晴れ    晴れ  晴れのち曇り  曇り   雨のち曇り

自転車の旅は国道56、11号が主な道路。走行区間は高知〜中村〜宇和島〜松山〜琴平〜多度津。 計画では出発地点が琴平、終着地は高松となる予定だったが、二つの台風のため大幅に変更せざるを得なかった。 この計画で主な難関だった琴平〜高知間がなくなったものの、夏につきものの激しい日焼けは今回もついて回った。 足にサポーターを付け、コールドスプレーを使いながらの進撃となった。 この計画ではできるだけボトルを使用、中身を烏龍茶のみにして水分を取るようにした。 しかし、それでも中村付近、伊予市手前で激しい下痢が襲ってきた。 それが響いたのか、関東に帰っても血便がしばらく出るといった体になってしまった。


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計画名   35  浜名湖一周計画
実行年月日  1992年11月21日〜11月22日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
寸座→→三ヶ日→→知波(ちばた)→→湖西→→新居→→舞阪→→浜松
→→浜北→→村櫛→→細江→→寸座
11

21
自動車輪行
埼玉
浜名湖(寸座)
出発・到着時間
−−−−−
−−−−−
11

22
出発・到着地
寸座
湖西
横山
浜松
細江
寸座
出発・到着時間
1115発
1200着
1300着
1445着1535発
1615着
1730着
走行距離
−−−−Km
11

22
自動車輪行
浜名湖(寸座)
埼玉
出発・到着時間
−−−−−
−−−−−
走行距離 ――――――km
宿泊地
浜名湖
自動車車中泊(野宿)
キップ
浜松駅(遠州鉄道)
備考

予定外のドライブ+ツーリング
自動車での移動は一般道を多用。往路は埼玉〜(国道4号線)〜東京〜(国道15号線)〜川崎〜(国道1号線)〜 藤枝〜(一般県道)〜川根〜(一般県道)〜相良〜(一般県道)〜金谷〜(国道1号線)〜浜名湖。 復路は浜名湖〜(国道362号線)〜細江〜(一般県道)〜蟹田〜(国道1号線)〜袋井〜(東名高速道路)〜御殿場 〜(国道456号線)〜秦野〜(一般県道)〜相模原〜(国道16号線)〜大宮〜(一般県道)〜埼玉


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計画名   36  富士輪行計画
実行年月日  1993年1月2日〜1月3日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
大槻→(国道139号線)→富士吉田→(国道139号線)→本栖→(国道306号線)
→下部(上沢)→(国道52号線)→身延→(国道52号線)→十島→(県道身延富士宮線)
→富士宮→(国道139号線)→富士→(県道富士清水線)→沼津



鉄道輪行(中央本線、富士急行線・普通)
高尾
大月
出発・到着時間
0820発
0859着



出発・到着地
大月
富士吉田
富士急ハイランド
本栖
身延
出発・到着時間
1000発
1150着・1200発
1210着・1250発
1440着
1650着
走行距離
78・5Km



出発・到着地
身延
十島
富士宮
富士
沼津
出発・到着時間
1030発
1200着・1245発
1400着
1500着
1630着
走行距離
68・5Km



鉄道輪行(東海道本線・普通)

東京
出発・到着時間
1800発
2030着
走行距離 147.0km
宿泊地
身延 身延山荘ユースホステル
〒409-25 山梨県南巨摩郡身延町梅平2780
キップ
大月駅(富士急行)             富士吉田駅(富士急行)
身延駅(東日本旅客鉄道)          吉原本町駅(岳南鉄道)
備考

1泊とはいえ真冬の旅
コースは国道139、300、52号線。真冬なので寒いことは確かだが雪はなかった。 コースが川沿いということもあって山の中なのに難関と呼べるような箇所は無かった。 まあ自転車がC-90だからという事もあるが。 大月〜富士吉田間に手間取り、昼食が富士急ハイランド駅前となってしまったのが予想外だったが、後は順調だった。 身延線沿線もなかなかのコースだったが難関とまで言える物ではなかった。


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計画名   37  美濃輪行計画
実行年月日  1993年8月11日〜8月13日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
岐阜→(国道156号線)→小屋名→(国道248号線)→関→(一般県道)
→美濃→(国道156号線)→郡上八幡→(国道156号線)→美濃白鳥→(国道158号線)
→油坂峠→(国道158号線)→九頭竜湖→(国道158号線)→福井


11
鉄道輪行(東海道本線・普通)
東京
岐阜
出発・到着時間
2340発
0642着


11
出発・到着地
岐阜

美濃
郡上八幡
郡上大和
美濃白鳥
出発・到着時間
1030発
1145着
1300着
1515着・1620発
1700着
1810着
走行距離
87・0Km


12
出発・到着地
美濃白鳥
油坂峠
和泉
越前大野
福井
出発・到着時間
0930発
1040着
1300着
1420着・1500発
1700着
走行距離
83・0Km


12
鉄道輪行(東海道本線・寝台急行『銀河』)
米原
東京
出発・到着時間
2352発
0642着
走行距離 170.0km
宿泊地
美濃白鳥 旅館 浅野屋
〒501-5121 岐阜県郡上市白鳥町白鳥925
キップ
新関駅(名古屋鉄道)             美濃駅(名古屋鉄道)
郡上八幡駅(長良川鉄道)          美濃白鳥駅(長良川鉄道)
九頭竜湖(西日本旅客鉄道)          福井駅(京福電気鉄道)
備考

直腸炎治療中での旅
主な道路は国道156・158号線。予定では岐阜を出発して高山本線経由で福井に抜ける予定だリたのだが、 美濃白鳥で泊まっていたとき祖母が死ぬ危険が出てきたと言う一報を受け、コース短縮。 高山本線経由を断念して越美北線沿線を走り、直接福井に向かうというコースを取った。 今回の最大の難関は、越前と美濃の境になっている海抜750mの油坂峠。 しかしコース変更で峠の手前の白鳥で泊まっているためこの時点で半分は登っており、峠越えはそれほど厳しいものではなかった。 それより峠を登り切った後がけっこうてこずった。 下りが一定ではなく、まるで丘の続くような道路になっている。 そして福井市内、越美北線の足羽(あすわ)で輪行にかかったが、列車接続が悪く長時間列車待ちしなければならなかった。 しかもここで祖母死去の報を受けたため、今日のうちに帰還する列車に乗らなけれぱならなくなった。 北陸本線で南下、米原で寝台急行『銀河』に乗車、関東へ帰還した。


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計画名   38  奥尻輪行計画
実行年月日  1993年10月12日〜10月23日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
函館→(国道5号線)→大沼→(道道大沼鹿部線)→鹿部→(国道278号線)
→森→(国道5号線)→長万部町国縫→(国道277号線)→北桧山→(道道北桧山大成線)
→太櫓→(道道北桧山大成線)→北桧山→(国道229号線)→瀬棚→(カーフェリー)
→奥尻→(道道奥尻島線)→[青苗]→(道道奥尻島線)→[幌内]→(道道奥尻島線)
→奥尻→(道道奥尻島線)→[稲穂]→(道道奥尻島線)→奥尻港→(カーフェリー)
→瀬棚→(国道229号線)→寿都→(国道229号線)→蘭越町 港→(道道磯谷蘭越線)
→蘭越→(国道5号線)→倶知安→(国道5号線)→小樽→(国道5号線)→札幌
10

12

13
鉄道輪行(東北本線・急行 八甲田)
上野
青森
出発・到着時間
2145発
0908着
10

13
出発・到着地
函館
大沼
出発・到着時間
1330発
1530着
走行時間
1時間42分
走行距離
27・8
Km
10

14
出発・到着地
大沼

八雲
出発・到着時間
0900発
1200着
1600着
走行時間
4時間28分
走行距離
78・4
Km
10

15
出発・到着地
八雲
長万部町 国縫
美利河峠
今金
北桧山
出発・到着時間
0930発
1030着
1200着
1400/1430
1600着
走行時間
4時間45分
走行距離
80・0
Km
10

16
出発・到着地
北桧山
太櫓
瀬棚
奥尻港
奥尻町恩顧浜
出発・到着時間
0830発
0930/1130
1220/1450
1630着
1800着
走行時間
2時間19分
走行距離
33・7
Km
10

17
出発・到着地
奥尻町恩顧浜
青苗
神威脇
幌内
青苗
奥尻
出発・到着時間
0720発
0830/1100
1330着
1415着
1545着
1635着
走行時間
5時間15分
走行距離
69・0
Km
10

18
出発・到着地
奥尻
稲穂
奥尻
出発・到着時間
0900発
1130着
1300着
走行時間
1時間55分
走行距離
27・2
Km
10

19
出発・到着地
奥尻
瀬棚
島牧村 栄浜
弁慶岬
寿都
出発・到着時間
0800発
0930/1000
1230/1310
1530着
1620着
走行時間
3時間46分
走行距離
73・6
Km
10

20
出発・到着地
寿都
蘭越町港
蘭越
倶知安
余市
出発・到着時間
0900発
1020着
1130/1230
1430/1455
1745着
走行時間
6時間21分
走行距離
122・0
Km
10

21
出発・到着地
余市
小樽
札幌(手稲)
出発・到着時間
0945発
1140/1220
1500着
走行時間
3時間00分
走行距離
48・3
Km
10

21
鉄道輪行(函館・室蘭本線)
札幌市手稲駅から鉄道異動後、
静狩駅(長万部町)で野宿
出発・到着時間
――――
10

22

23
鉄道輪行(室蘭・函館本線 特急北斗10号)
洞爺
函館
(津軽海峡線 快速海峡14号)
函館
青森
(東北本線 急行八甲田)
青森
大宮
出発・到着時間
1450発
1640着

1720発
1955着

2012発
0630着
走行距離・走行時間
 560.0km(メーター測定による走行時間33時間31分)
宿泊地
イクサンダー大沼ユースホステル 北海道亀田郡七飯町大沼498−7

旅館ふじや 北海道八雲町本町179

さくま旅館 北海道瀬棚郡北桧山町

奥尻町恩顧浜 町営バス恩顧浜停留所(野宿)

民宿ふるさと 北海道奥尻郡奥尻町字奥尻

みはら旅館 北海道寿都郡寿都町字新栄町70

ふくみ旅館 北海道余市町黒川町8−18

長万部町 JR函館本線・静狩駅(野宿)
キップ
五稜郭駅(北海道旅客鉄道)          大沼駅(北海道旅客鉄道)
  森駅(北海道旅客鉄道)          蘭越駅(北海道旅客鉄道)
瀬棚駅(東日本海フェリー)         倶知安駅(北海道旅客鉄道)
小樽駅(北海道旅客鉄道)
備考

最初で最後の取材旅行
前半は南北海道輪行計画と同じコースを走り、その後も渡島半島を挟んでほぼ平行したコースを北上、函館〜札幌間560キロの計画。 今回の旅は走りきるだけの計画ではなく、『ハプニング・ロード〜西欧編〜』出版にともない、次の作品の取材も兼ねた計画で、 コースのほとんどは1993年10月12日に起きた『北海道南西沖地震』の被災地に沿ったコースに決めた。 半分は鉄道沿線ではない地を走る。当然民鉄もまったく走っていない。資金不足のためこの時期の北海道で野宿もしなければならないという旅になった。 フェリーを使い、地震の被害が一番ひどかった奥尻島にも渡り、島を一周している道路の半分を自転車で走った。 難関らしい地点はほとんどなく、しいて言えば美利河・倶知安の峠ぐらいだが、いずれも標高500メートル以下の小さな峠。 地震の被害は予想以上にひどく、集落がまるごと消えてしまった場所も少なくない。被災地の詳しい状況は『ハプニング・ロード〜北海道南西沖地震編』にまとめた。 これが世にでるかどうかわからない。この計画は往復に夜行急行『八甲田』を使ったが、この年の12月に東北本線の夜間急行は定期運転を全廃、 全列車臨時に格下げとなってしまった。


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計画名   39  雲仙輪行計画
実行年月日  1994年3月24日〜4月2日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
福岡→(国道3号線)→鳥栖→(国道34号線)→諫早→(国道34号線)
→長崎→(国道34号線)→諫早→(国道57号線)→愛野→(国道251号線)
→島原→(国道251号線)→深江→(国道251号線)→南有馬→(国道251号線)
→島原→(国道57号線)→雲仙温泉→(国道389号線)→国見町狸山→(県道愛野島原線)
→島原市榮石原→(県道榮石原松尾停車線)→島原→(雲仙天草観光フェリー)→熊本港→(県道熊本港線)
→熊本→(国道57号線)→阿蘇→(国道57号線)→肥後大津→(県道植木大津線)
→植木→(国道208号線)→玉名→(国道208号線)→柳川→(国道208号線)→佐賀


24

25
鉄道輪行(東海道・山陽本線 寝台特急さくら)
東京
博多
出発・到着時間
1637発
0814着


25
出発・到着地
福岡
基山
佐賀
武雄
出発・到着時間
1040発
1230/1300
1500着
1900着
走行時間
5時間35分
走行距離
17・1
Km


26
出発・到着地
武雄
俵坂峠
大村
諫早
長崎
出発・到着時間
0850発
1020/1040
1235着
1320/1340
1630着
走行時間
5時間27分
走行距離
85・9
Km


27
出発・到着地
長崎
大草
諫早
多比良
島原外港
出発・到着時間
0930発
1200/1230
1330着
1555着
1845着
走行時間
5時間38分
走行距離
94・2
Km


28
出発・到着地
島原外港
島原城
深江
堂崎
原城
水無川
島原外港
出発・到着時間
0900発
0920/1030
1200/1300
1350/1415
1510/1520
1640着
1700着
走行時間
3時間41分
走行距離
60・6
Km


29
出発・到着地
島原外港
大野木場
池平
俵石
仁田有料道路島原入口
小浜町吹越
国見町田代ヶ原
国見町狸山
島原市榮石原
島原外港
出発・到着時間
0845発
0920着
0945着
1045着
1130/1145
1255着
1320着
1345着
1540/1610
1815着
走行時間
4時間42分
走行距離
49・8
Km


30
出発・到着地
島原外港
熊本港
熊本
(上熊本・熊本城・水前寺)
熊本
出発・到着時間
0945発
1100着
1205着


1715着
走行時間
3時間05分
走行距離
41・0
Km


31
出発・到着地
熊本
肥後大津
長陽村立野
阿蘇
長陽村立野
肥後大津
玉名
出発・到着時間
0830発
1025着
1115/1220
1340/1355
1450/1500
1545着
1815着
走行時間
6時間27分
走行距離
115・3
Km



出発・到着地
玉名
大牟田
柳川
佐賀
出発・到着時間
0915発
1030着
1215着
1420着
走行時間
2時間50分
走行距離
46・0
Km





鉄道輪行(東海道・山陽本線 寝台特急みずほ)
博多
東京
出発・到着時間
1925発
1103着
東京着23分遅れ
走行距離・走行時間
 588・1km (メーター測定による走行時間37時間25分)
宿泊地
武雄ユースホステル 佐賀県武雄市武雄町大字永島

長崎ユースホステル 長崎県長崎市立山1−1−16

島原ユースホステル 長崎県島原市下川尻町7938

熊本市立ユースホステル 熊本県熊本市島崎5−15−55

ビジネス旅館 鈴鹿 熊本県玉名市中1743
キップ
  博多駅(福岡市交通局)           基山駅(九州旅客鉄道)
  大村駅(九州旅客鉄道)           長崎駅(九州旅客鉄道)
  諫早駅(九州旅客鉄道)            多比良駅(島原鉄道)
  島原駅(島原鉄道)             島原外港駅(島原鉄道)
  深江駅(島原鉄道)              原城駅(島原鉄道)
  島原外港駅(島原鉄道)           上熊本駅(九州旅客鉄道)
  立野駅(九州旅客鉄道)            阿蘇駅(九州旅客鉄道)
  玉名駅(九州旅客鉄道)            大牟田駅(西日本鉄道)
備考

最後の自由旅行
往復の輪行に寝台特急を使用、奥尻輪行計画とは打って変わっての贅沢版。 南九州の4つの県都(福岡・佐賀・長崎・熊本)を巡る旅だが、メインは島原半島。 福岡から島原の往復は国道34号線、雲仙から阿蘇までは国道57号線、熊本から佐賀までは国道208号線というコース。 最終日は福岡まで走りきる予定だったが、雨のために進路変更、コース短縮で佐賀までとなった。 走行中は自転車のアクシデントが相次ぎ、BBが緩み、リヤのマッドガードを支える金具が折れ、前後1回づつのパンク。 BBはパーツがないのでそのまま、マッドガードはタイラップで止め、タイヤはサイズの違うチューブで凌いだ。 島原・普賢岳の被害は奥尻のように広大ではないが、いまだに局地的な火砕流・土石流の被害が続き、国道57号線も寸断。 迂回処置がとられ、島原鉄道も諫早〜島原外港と深江〜加津佐間で折り返し運転となり、不通区間はバスが代行運転されていた。 最後に復路の寝台特急で南越谷駅で発行された指定券がなんと東京〜博多間となっていた! 慌てて駅員に頼んで博多駅のみどりの窓口で再発行、結局予定していた『さくら』には乗れず、1席だけ空いていた寝台特急『みずほ』で帰還となった。


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計画名   40  鴨川計画
実行年月日  1994年10月8日〜10月9日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
越谷→(一般県道)→野田→(一般県道)→我孫子→(国道356号線)
→下総(滑川)→(県道下総・横芝線)→多古→(国道296号線)→八日市場→(国道128号線)
→東金→(県道東金・九十九里線)→九十九里片貝→(県道飯岡・一の宮線)→白子 →本納→(国道16号線)→勝浦→(国道128号線)→鴨川→(国道128号線)→館山
10


出発・到着地
越谷
野田(梅郷)
我孫子(布佐)
下総(滑川)
八日市場
東金
白子
出発・到着時間
0600発
0645着・0715発
0855着・0905発
1110着・1125発
1305着・1405発
1530着・1600発
1710着
走行距離
158・0Km
10


出発・到着地
白子
大原
鴨川
館山
出発・到着時間
0900発
1125着・1150発
1400着
1650着
走行距離
114・7Km
10


鉄道輪行(内房線・普通)
館山
蘇我
(京葉線・各駅停車)
蘇我
南船橋
(武蔵野線・各駅停車)
南船橋
南越谷
出発・到着時間
1814発
1934着

1953発
2016着

2029発
2119着
走行距離 272.7km
宿泊地
白子 九十九里白子ユースホステル
〒299-42 千葉県長生郡白子町剃金2722
キップ
東金駅(東日本旅客鉄道)             館山駅(東日本旅客鉄道)
備考

失敗続きの房総計画、ついに終止符
コースは下総から八日市場、あとは外房の海沿いをひたすら南下して館山まで走り。その日のうちに輪行して帰還する2日間の計画。 房総は過去に途中断念が続いており(五井計画や姉ヶ崎途中中断など)、本来は浜松町へ走りに行く日ではあったが気候のいいこの時期にあえて房総を走ることにした。 初日は距離的にはしんどいものの、すでに走っている道なので問題なくクリア。2日目は栄養補給に手間取って館山到着が予定より遅れたものの当初の目的を達成。 ようやく房総を走り切ったことになった。 わずか2日間にしては距離を稼ぐことができたが、平地が海岸線にしかないコースで手間取るような状態になっている。 700Cの自転車でこの状況、さすがに体力や気力の衰えを感じずにはいられない旅となった。


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計画名   41 神戸西部輪行計画
実行年月日  1995年1月20日〜1月23日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
大阪→(国道2号線)→尼崎→(国道13号線)→伊丹→(国道13号線)
→尼崎→(国道2号線)→神戸市灘区→(国道2号線)→神戸市東灘区→(国道2号線)
→神戸市中央区→(国道43号線)→芦屋市平田町→(国道43号線)→西宮市香炉園→(一般道)
→西宮市御茶所町→(国道2号線)→西宮市甲子園口→(国道2号線)→大阪


20

21
鉄道輪行(東海道本線 寝台急行銀河)
東京
大阪
出発・到着時間
2300発
0719着


21
出発・到着地
大阪
中海老江
尼崎
伊丹
尼崎
武庫大橋
西宮
夙川
神戸市東灘区御影・深田池
出発・到着時間
0900発
0930着
1010着
1100着
1210着
1240着1320発
1400着1515発
1600着
1730着
走行距離

40・0Km


22
出発・到着地
神戸市東灘区御影・深田池
神戸市灘区灘
神戸市中央区三宮
深江
香炉園
西宮
甲子園口
尼崎
大阪
出発・到着時間
0845発
1010着1030発
1045着1300発
1550着
1650着
1700着
1725着
1755着
1910着
走行距離
35・5
Km


22

23
鉄道輪行(東海道本線 寝台急行銀河)
大阪
東京
出発・到着時間
2210発
0643着
走行距離・走行時間
 75・5km
宿泊地
神戸市東灘区御影・深田池公園
野宿

キップ
  新伊丹駅(阪急電鉄)            野田駅(阪神電気鉄道)
  甲子園口駅(西日本旅客鉄道)
備考

阪神大震災から5日後、奥尻を超える震災計画
平成7年1月17日に発生した阪神大震災の5日後に実施。新たに走ったのは伊丹市内のごく一部のみ。 震災直後の被害状況を撮影し記録に残すための計画。阪神間を往路は国道2号線、復路は国道43号線を走行。 予定では兵庫区の鷹取まで走る予定だったが、震災被害があまりにもひどかったため神戸市内の走行がままならず、結局三宮までとなった。 住宅地・商業地・鉄道・道路・・・どれをとっても最悪の被害をもたらした大震災であることは間違いなく、奥尻輪講計画で走った奥尻島など北海道南西沖地震をも超える。 阪神間のわずかな距離を走るのにまる2日、しかも計画通りに走れないほど破壊されつくした神戸の街。しかも計画実行中に震災後初めてのまとまった雨が降り、 崩れた崖、瓦礫はいつ崩れてきてもおかしくない状態。 自転車なのである程度自由に瓦礫の街を走ることができたが、700Cを装着しているコーラスでは瓦礫に埋まった道路や歩道を走るのは難しく、そのため走行速度はかなり遅くなった。 主な被災現場は、倒壊した阪神高速道路、阪神・阪急・東海道本線高架橋の倒壊現場、阪急伊丹駅倒壊現場など。


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計画名   42  鳥取輪行計画
実行年月日  1995年5月2日〜5月7日
使用車輌  CHORUS DELUTA
自転車走行区間道順
京都→(国道9号線)→福知山→(国道9号線)→和田山→(国道9号線)
→温泉→(県道浜坂・温泉線)→浜坂→(国道178号線)→福部→(砂丘道路)
→鳥取砂丘→(国道9号線)→鳥取→(国道9号線)→気高→(国道9線)→倉吉





鉄道輪行(東海道本線 寝台急行銀河)
東京
京都
出発・到着時間
2319発
0648着



出発・到着地
京都
亀岡(嵯峨野観光鉄道亀岡駅)
八木
園部
観音峠
三和
福知山
和田山
出発・到着時間
0810発
0930着
1045着1110発
1130着
1215着
1415着
1530着1555発
1750着
走行距離
120・0
Km



出発・到着地
和田山
八鹿
但馬トンネル
松岡
春来トンネル
温泉
浜坂
出発・到着時間
0900発
0945着1030発
1145着1215発
1245着1320発
1400着
1415着
1500着
走行距離
66・0
Km



出発・到着地
浜坂
福部
鳥取
羽合
出発・到着時間
0820発
1010着1200着
1230発
1630着
走行距離
68・5
Km



出発・到着地
羽合
倉吉
出発・到着時間
0845発
0930着
走行距離
6・0
Km





鉄道輪行(山陰本線 普通)
倉吉
鳥取
(山陰本線 普通)
鳥取
豊岡
(山陰本線 普通)
豊岡
福知山
(福知山線 普通)
福知山
大阪
(東海道本線 寝台急行銀河)
大阪
東京
出発・到着時間
1056発
1151着

1126発
ーーーー

1517発
ーーーー

1757発
2018着

2205発
0643着
走行距離・走行時間
 260・5km
宿泊地
和田山・ビジネスホテルてつや 兵庫県朝来郡和田山町駅前通り

浜坂・浜坂ユースホステル 〒669-67 兵庫県美方郡浜坂町城山園地

羽合・香宝寺ユースホステル 〒682-07 鳥取県東伯郡羽合町下浅津195

キップ
  京都駅(京都市交通局)           和田山駅(北近畿タンゴ鉄道)
  トロッコ亀山駅(嵯峨野観光鉄道)    泊駅(乗車証明書・西日本旅客鉄道)
  鳥取駅(西日本旅客鉄道)
備考

CHORUS DELUTA最後の旅
山陰地方を初めて走る計画。往路は座席急行『銀河』、復路は倉吉から大阪まで山陰本線や福知山線の普通列車を乗り継ぎ、寝台急行『銀河』という輪行。 西日本方面の本格的な旅は雲仙輪行以来1年ぶり。九州・四国を除くと岡山輪行以来というから実に5年ぶりとなる。 輪行にかかるお金もばかにならなくなってきた。今回は幹線国道を巡るとはいえ、久しぶりの山岳戦。距離が短いからいいようなものの、丹波・丹後の山を走るのは予想以上に老体にこたえる。 なお、この計画でまる5年間旅行専用車として使用してきたCHORUS DELUTAは引退、パーツ類の大半は次の自転車に流用された。


これ以降


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