最新・自転車旅行の記録

計画名 86  宮古輪行計画
実行年月日  2014年5月1日〜5月5日
往路輪行2014年5月1〜2日
自家用車使用。途中、陸前高田市街・大船渡市碁石海岸などを経由。
岩手県宮古市のホテルルートイン宮古に停泊。
自転車走行区間道順
●5月3日
自家用車でホテルルートイン宮古から三陸鉄道・一の渡駅まで輪行。
宮古・一の渡→(一般道)→宮古・崎山→(国道45号線)→田野畑村・大芦→
(県道44号線)→田野畑→(県道44号線)→北山崎→(県道44号線)→普代
三陸鉄道・普代駅から自家用車を待機させていた一の渡駅まで輪行。

●5月4日
自家用車でホテルルートイン宮古から三陸鉄道・普代駅まで輪行。
普代→(国道45号線)→野田村→(国道45号線)→宮古
三陸鉄道・宮古駅から自家用車を待機させていた普代駅まで輪行。
復路輪行2014年5月5日
自家用車で岩手県宮古市のホテルルートイン宮古から東京まで輪行。
使用車輌  ライトウェイ シェファードアイアン



自家用車輪行 出発・到着地
ホテルルートイン宮古
三陸鉄道・一の渡駅

出発・到着地
宮古(一の渡)
宮古市田老
岩泉町小本
田野畑村島の越
田野畑村北山崎
普代

三陸鉄道輪行 出発・到着地
普代
一の渡

自家用車輪行 出発・到着時間
0800発
0840着

出発・到着時間
0900発
0925着
1120着1200発
1340着
1620着1715発
1800着

三陸鉄道輪行 出発・到着時間
1859発
1946着

走行距離
94・6Km



自家用車輪行 出発・到着地
ホテルルートイン宮古
三陸鉄道・普代駅

出発・到着地
普代
野田玉川
久慈

三陸鉄道輪行 出発・到着地
久慈
普代

自家用車輪行 出発・到着時間
0930発
1030着

出発・到着時間
1100発
1200着
1335着

三陸鉄道輪行 出発・到着時間
1410発
1450着

走行距離
27・8Km
走行距離  94・6Km
宿泊地
岩手県宮古市 5月3・4日 ホテルルートイン宮古
岩手県宮古市藤の川15−38

キップ
島越駅[三陸鉄道]           普代駅[三陸鉄道]
久慈駅[三陸鉄道]         久慈駅[東日本旅客鉄道]
備考

東日本大震災後の三陸海岸を自転車で旅する計画だが、震災前でも宿泊する街・ホテルが少なくて自転車の旅がしにくい場所のひとつだった。 大震災以降はもっとホテルが少なく、しかも一日に走れる距離に限界があるため、全てを走りきることにこだわらず、 宮古に車を停めて拠点とし、走るだけ走って三陸鉄道で宮古に戻って宿泊するプランに変更。 1日目は普代まで走って鉄道で宮古に戻り、2日目は宮古まで鉄道移動してから自転車の旅を再開して久慈まで走ることにした。 大震災で壊滅的な被害を受けた三陸海岸だが、美しい自然はそのままであり、その風景を撮影することに重点を置いてのツーリング。 天気はあまり良くなく、三陸特有の『やませ』の影響でかなり寒かったが、おかげでやませが吹き付ける幻想的な風景を見ることができた。 コースがリアス式海岸であるため、アップダウンの厳しい道であり、とにかく無理しないように走ることを心がけた。 使用した自転車は旅行専用車『MF26MGB』ではなく、サポート用として新たに組んだ『ライトウェイ シェファードアイアン』を使用。 ペダルの調子が悪く、異音を出していたため、それを気にしながら走る事になってしまった。

 
宮古市田老地区(左)と田野畑村・島越漁港(右)
 
普代駅前(左)と北山崎入口(右)
 
野田村十府ケ浦(左)と久慈駅前(右)

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計画名 85  野辺山輪行計画
実行年月日  2014年5月3日〜5月5日
往路輪行2014年5月3日
長野新幹線 あさま509号(東京0824発 軽井沢0946着)
自転車走行区間道順
軽井沢→(国道18号線)→小諸市平原→(国道141号線)→
佐久平→(国道141号線)→野辺山→(国道141号線)→韮崎→(国道20号線)→
甲斐市竜王→(国道52号線)→甲府
復路輪行2014年5月5日
中央本線 普通 (甲府1111発 高尾1246着)
京王帝都電鉄(高尾〜笹塚)、都営地下鉄新宿線(笹塚〜馬喰横山)、都営地下鉄浅草線で帰宅
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
軽井沢
小諸市平原
佐久平
出発・到着時間
1100発
1230着 1310発
1340着
走行距離
24・5Km



出発・到着地
佐久平
バルーンフィスタ
臼田
小海
佐久海ノ口
野辺山
須玉
韮崎
甲府
出発・到着時間
0715発
0740着 0800発
0845着 0900発
1015着 1040発
1145着 1230発
1430着
1610着
1640着
1810着
走行距離
91・0km
走行距離  115・5Km
宿泊地
佐久平 5月3日 東横イン佐久平前浅間口
〒385-0027 長野県佐久市佐久平駅北1−1

甲府 5月4日 東横イン甲府駅南口1
〒400-0031 山梨県甲府市丸の内1-13-20
キップ
軽井沢駅[しなの鉄道]           平原駅[しなの鉄道]
佐久平駅[東日本旅客鉄道]       小海駅[東日本旅客鉄道]
甲府駅[東日本旅客鉄道]
備考

ゴールデンウイークを使った久々の自転車旅行は、体力の低下、体重の増加を考えて1泊2日の軽井沢〜甲府間に設定。 余裕があれば甲府に宿泊して3日目も大月方面へ走ろうと考えていたが、日焼けと体力の消耗が激しく、甲府で輪行した。 宿の関係上、軽井沢に近い佐久平にしかなく、1日目の日程が非常に短く、2日目の山道に負担がかかりすぎたことが原因。 さらに、たまたま佐久平で熱気球の競技会(バルーンフェスタ)が開催されており、早朝にホテルを出て自転車で追いかけたのも後々ひびいた。 今回はJR線の最高地点を走る小海線の全線を走るのが目的だったが、桜がまだ咲いていたり、こいのぼりのイベントがあったりしたため、 そのたびに自転車を停めて撮影、時間を使ってしまった。 ゴールデンウイークだというのにこの年は気温が高い日が続き、たった2日間の走りなのに危険なほど日焼けした。 佐久海ノ口駅から野辺山高原まで登る道のりはちょっときつかったが、衰えた体力ながらなんとか甲府まで走り切ることができた。

 
旧・軽井沢駅舎(左)としなの鉄道平原駅(右)
 
野辺山駅前(左)と甲斐市宇津谷、双葉バイパス(右)

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計画名 84  阿波室戸輪行計画
実行年月日  2012年5月18日〜5月21日
往路輪行2012年5月11〜12日
寝台特急サンライズ瀬戸(東京2200発 高松0726着)
徳島のホテルに自転車をあずけ、自転車の旅の前に広島、奥出雲、鳥取で仕事をかたずけ、
走行前日に徳島に入り、自転車の旅を開始。
自転車走行区間道順
阿南→(県道173号線)→阿波橘→(国道55号線)→
日和佐→(南阿波サンライン)→牟岐→(国道55号線)→海部→(国道55号線)→
室戸岬→(国道55号線)→奈半利→(国道55号線)→安芸
復路輪行2012年5月20〜21日
土佐くろしお鉄道ごめん・なばり線 安芸1329発(快速)〜後免1400着
JR四国・土讃線 後免1404発(普通)〜阿波池田1629着
JR四国・土讃線 阿波池田1633発(普通)〜琴平1722着
JR四国・土讃、予賛線 琴平1727発(快速)〜多度津に寄り道〜坂出着1918着
寝台特急サンライズ瀬戸 坂出2145発〜東京0708着
使用車輌  MF26MGB


18
出発・到着地
阿南
阿波福井
日和佐
牟岐
鯖瀬
海部
出発・到着時間
1100発
1220着
1320着 1420発
1700着
1730着 1800発
1850着
走行距離
61・4Km


19
出発・到着地
海部
宍喰
佐喜浜
室戸岬
吉良川
奈半利
出発・到着時間
0815発
0915着 0945発
1200着 1245発
1420着 1510発
1620着
1750着
走行距離
77・3km


20
出発・到着地
奈半利
伊尾木
安芸
出発・到着時間
0900発
1005着
1025着
走行距離
20・2km
走行距離  158・9Km
宿泊地
徳島(自転車出発前) 5月17日 東横イン徳島駅前
〒770-0843 徳島県徳島市両国本町1−5
海部 5月18日 みなみ旅館
〒775-0302 徳島県海部郡海陽町奥浦字町内123−1
奈半利 5月19日 
〒781-6402 高知県安芸郡奈半利町小谷

キップ
日和佐駅[四国旅客鉄道]         牟岐駅[四国旅客鉄道]
宍喰駅[阿佐海岸鉄道]       奈半利駅[土佐くろしお鉄道]
安芸駅[土佐くろしお鉄道]
備考

2001年の室戸輪行計画では台風で、2005年の徳島輪行計画ではタイヤバーストによって途中断念となった高知〜室戸〜徳島間。 今回、3度目の正直となったこの旅でようやくこの区間をすべて自転車で走ったことになった。 自転車で走る前にいったん鉄道で徳島に入り、自転車を市内のホテルにあずけてJR牟岐線・由岐駅周辺を撮影して広島・奥出雲・島根で仕事。 それを終えてから徳島でふたたび自転車と合流、前回の徳島輪行計画でリタイヤの地となった阿南まで鉄道移動してから自転車の旅を開始。 基本的には国道55号線を走行するルートだが、美しい海岸を撮影するために日和佐〜牟岐間は海岸線を通る南阿波サンラインを選択。 これまでは高知側から徳島側へと抜けるルートをとってきたが、最初に起伏の激しい徳島側から走ったほうが楽なことに気づく。 初日の阿南〜海部間と二日目の海部〜潮岬間は好天に恵まれ、風も追い風だったため、撮影でたびたびストップしながらでも順調に走れた。 後半の室戸岬〜安芸間は曇りがちとなり、終着地の安芸に着いて雨が降り出した。 しかし、久しぶりに予定通りに走りきることができた旅となった。

 
南阿波サンロード第一展望台(左)と室戸岬(右)
 
高知県安芸市の野良時計(左)と土佐くろしお鉄道安芸駅(右)

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計画名 83 震災常磐輪行計画
実行年月日  2011年4月29日〜5月1日
往路輪行2011年4月29日
【東日本大震災の影響で臨時ダイヤ、いわき市四ッ倉駅以北は不通】
特急スーパーひたち 上野9時00分発 水戸駅で普通列車乗り換え
普通列車      日立11時41分着
自転車走行区間道順2011年4月29日〜5月1日
JR日立駅→(国道245号線)→日立市会瀬漁港→(国道245号線)→日立市河原子漁港→(県道61号線)→JR日立多賀駅
→(県道61号線)→日立市河原子漁港→(国道245号線)→JR日立駅

JR日立駅→(国道6号線)→北茨城市磯原→(国道6号選)→北茨城市大津港→(国道6号選)→北茨城市五浦
→(国道6号線)→いわき市錦町→(一般道)→須賀海岸→(一般道、国道6号線)→小名浜港(県道小名浜四ッ倉線)→小名浜漁港
→(県道いわき上三坂小野線)→JR泉駅

JR四ッ倉駅→(国道6号線)→久ノ浜→(国道6号線)→福島原子力発電所30キロ圏内避難地域入口(いわき市明不作交差点)
→(国道6号線)→JR四ッ倉駅
復路輪行2011年5月1日
【東日本大震災の影響で臨時ダイヤ、いわき市四ッ倉駅以北は不通】
普通列車      日立駅9時52分いわき駅乗り換え JR四ッ倉駅11時23分
四ッ倉〜福島原子力発電所30キロ圏内避難地域入口の間を自転車で往復
普通列車      JR四ッ倉駅15時00分発 いわき駅乗り換え
普通列車      いわき駅発15時42分 日立駅乗り換え(ホテルから荷物を回収)
普通列車      日立駅17時42分発 勝田駅乗り換え
特急スーパーひたち 勝田駅18時20分発 上野着19時36分
使用車輌  MF26MGB


29
出発・到着地
JR日立駅
日立市・会瀬漁港(大震災津波被災地)
日立市・河原子漁港(大震災津波被災地)
JR日立多賀駅
JR日立駅
出発・到着時間
1300発
1330着 1415発
1445着 1615発
1640着
1830着


30
出発・到着地
JR日立駅
高鍋
北茨城市磯原
北茨城市・大津港(大震災津波被災地)
北茨城市・五浦(大震災津波被災地)
いわき市勿来
いわき市須賀海岸(大震災津波被災地)
いわき市植田
いわき市小名浜港(大震災津波被災地)
いわき市小名浜漁港(大震災津波被災地)
JR泉駅
出発・到着時間
0850発
0950着
1150着
1210着 1300発
1320着 1400発
1450着
1535着 1550発
1605着
1705着 1720発
1800着 1825発
1915着



出発・到着地
JR四ッ倉駅
JR久ノ浜駅
原発避難地域入口(いわき市明不作交差点)
久ノ浜港
JR四ッ倉駅
出発・到着時間
1145発
1230着 1300発
1310着
1330着 1345発
1435着
走行距離  105.0km
宿泊地
日立 4月29・30日 東横イン日立駅前
〒317-0073 茨城県日立市幸町1丁目3番地5号

キップ
日立駅[東日本旅客鉄道]       日立多賀駅[東日本旅客鉄道]
勿来駅[東日本旅客鉄道        四ッ倉駅[東日本旅客鉄道
備考

2011年3月11日、マグニチュード9.0という歴史上皆無といえるほどの大地震となった東日本大震災。巨大な地震による直接的な被害に加え、 その直接的な余波となる大津波が東日本沿岸に押し寄せ、青森県から関東の千葉県までという広大な地域にケタ違いの被害を及ぼし、 さらに福島では原子力発電所の水素爆発、放射能漏れ、そしてその後の国の退避命令という何重にも苦難が重なった前代未聞の大震災となりました。 震災から1ヶ月半以上が経過し、ゴールデンウイークが来る中で、被災地、とくに情報の少ない原発による避難地域より関東よりの情報が少なく、 仕事の関係上、この地域の田んぼや畑の状況がどうなっているのかということを調べる必要があったため、茨城県から福島県にかけての沿岸を撮影。 ただし、自動車を使っての撮影は慣れない道路とその被害がわからない、現地でのガソリン確保にも問題と考え、 自由に動いて細かく撮影できる自転車を選択、茨城県日立市を起点に動き、原子力発電所の放射能漏れで避難地域となっている福島県いわき市北部までの 太平洋沿岸をできるだけ細かく立ち寄りながら、津波による被害が大きかった集落とその途中にある田んぼを中心に撮影しました。

 まず初日は東京からJR常磐線で日立まで輪行し、午後に日立駅に到着。まだ常磐線自体もいわき市四ッ倉駅までしか動いておらず、ダイヤも臨時ダイヤの常態。 すでに日立駅に着く前の時点で、屋根にブルーシートがかかった家が数件見られ、日立駅周辺でも見られたが、駅周辺はそれほど大きな被害にはなっていなかった。 しかし、宿泊した日立駅前の東横インは、機械式駐車場が被災し使用不可能になっていた。 駅周辺で聞いてみると、日立市街地周辺では会瀬漁港に津波が押し寄せてきたということだったので、この港とさらに南の河原子漁港とJR日立駅とを自転車で往復。 関東でインフラの復旧がもっとも遅れた日立でしたが、会瀬漁港は集落への被害は少なく、津波がゆっくりと押し寄せ、漁港は冠水して被害を受けた。 しかし河原子地区は集落を守る防波堤が破壊されるほどの津波が押し寄せ、集落でも被害が出て、流された家屋も見られた。  翌日は原発事故で封鎖されているいわき市北部まで走ろうと日立を自転車で出発、北茨城市を目指しましたが、市内に入った途端、倒壊した家屋が見られ、 日立よりずっと大きな被害に見舞われていた。とくに大津港周辺がひどく、五浦海岸の六角堂は流され、大津灯台もビビだらけになっていた。 さらに、県境を越えて福島県いわき市に入ると地獄絵図のようなひどい光景があちこちにみられ、勿来近くの須賀海岸周辺も中心部は壊滅的な被害。 そして、多くに死者を出した小名浜は巨大な台船が打ち上げられ、漁船が港の中に沈み、がれきの山と破壊された家屋ばかりになっていました。 この日は小名浜までで日が暮れて走るのが危険になったため、JR泉駅まで戻り、自転車をバラして日立駅まで撤退。  最終日の3日目は、小名浜の先、JR常磐線が走っている四ッ倉まで電車で移動し、いわき市北部の避難勧告地域の入り口まで自転車で往復。 その途中の久ノ浜は集落が丸ごと津波に襲われた上に火災が発生したようで、壊滅的な状況になっていた。  しかし、それぞれの集落では道路が通れるくらいのかたづけが行われ、がれきの撤去と復興に向けて力を合わせて着実に進んでいたのが印象的だった。

 
北茨城市大津漁港                    いわき市須賀海岸周辺
 
いわき市小名浜漁港                    いわき市久ノ浜地区
いわき市北部の原発事故避難勧告地域入口

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計画名 82 しまなみ輪行計画
実行年月日  2010年9月17日〜9月20日
往路輪行2010年9月15日
寝台特急サンライズ瀬戸 東京22時00分発 岡山に翌16日6時27分着予定だったが
東海道本線貨物列車の障害による遅れで7時半ちかくになって岡山に到着。
この日は岡山県津山市で仕事のため、岡山のホテルに荷物を預けて仕事を終了させ、
9月17日から自転車の旅を開始、岡山から東尾道まで輪行
自転車走行区間道順2010年9月17〜19日
東尾道→(国道2号線)→尾道→(駅前渡船)→向島→(しまなみ海道自転車道)→因島
→(しまなみ海道自転車道)→生口島→(しまなみ海道自転車道)→大三島
→(しまなみ海道自転車道)→伯方島→(しまなみ海道自転車道)→大島
→(しまなみ海道自転車道)→波止浜→(国道317号)→今治→(県道38号線)→伊予桜井
→(国道196号線)→伊予小松→(国道11号線)→石鎚神社→(県道13号産業道路バイパス)→新居浜

坂出駅→(県道33・192号線)→瀬戸大橋記念公園→(県道33・192号線)→坂出駅

児島駅→(県道21号線)→鷲羽山展望台→(県道21号線)→児島駅
復路輪行2010年9月19日
寝台特急サンライズ瀬戸 岡山22時33分発 東京に翌20日7時8分着
使用車輌  MF26MGB


17
出発・到着地
東尾道
尾道
因島・重井
生口島・瀬戸田
大三島橋
大島・吉海町仁江
来島海峡大橋
波止浜
出発・到着時間
1050発
1130着
1340着 1400発
1530着 1600発
1800着
2020着 2100発
2200着
2250着


18
出発・到着地
波止浜
今治
丹生川
石鎚神社
西条
出発・到着時間
1000発
1040着
1225着 1310発
1430着 1500発
1530着
波止浜〜新居浜間の宿泊・移動について
9月17日・・・ 予約していたホテルが新居浜だったため、くるしま海峡大橋を渡り終えたところから最も近いJR波止浜駅に向かう。 その時点でも列車がなくなるような時間帯だったが、なんとか西条止まりの電車を経て、新居浜行き最終の特急列車に乗車。 なんとか予約していた新居浜のホテルに深夜1時ごろ到着。

9月18日・・・ 一部の荷物を宿泊していたホテルに預け、新居浜から自転車を止めた波止浜駅までJRで移動。 波止浜から新居浜まで自転車で走り、預けていた荷物を回収。 予定では伊予三島まで自転車で走りたかったが、昨日のダメージが大きく体力的に危険と判断。 新居浜で自転車を輪行して坂出までJRで移動し、坂出のホテルにチェックインした。


19
出発・到着地
坂出
瀬戸大橋記念公園
坂出

児島
鷲羽山展望台
児島
出発・到着時間
1030発
1120着 1200発
1300着

1630発
1700着 1800発
1830着
坂出〜児島間の移動について
9月19日・・・ 坂出インター近くのホテルを自転車で出発、瀬戸大橋が見渡せる記念公園まで走り、撮影して坂出駅へ。 坂出駅で輪行し、JRで瀬戸大橋を渡って次の児島駅へ移動。 再び自転車く組み立てて、瀬戸内の景勝地・鷲羽山の展望台まで走り、夕日を撮影して児島駅に戻り、 再び輪行して岡山駅に戻り、自転車の旅の前に仕事の道具を預けていた岡山駅前の東横インに立ち寄って荷物を回収。 そのまま寝台特急サンライズ出雲で東京に戻り、自転車の旅が終了した。
走行距離  132.9km
宿泊地
新居浜 9月17日 スーパーホテル新居浜
愛媛県新居浜市高木町3番7号

坂出 9月18日 ホテルルートイン坂出インター
香川県坂出市西大浜北4丁目5番地31号

キップ
東尾道駅[東日本旅客鉄道]       今治駅[東日本旅客鉄道]
備考

岡山県津山市まで出張、そのあとすぐに3連休というカレンダーを見て計画した本州・四国間を自転車で渡る旅。 仕事・旅の荷物・自転車を担いで、岡山まで寝台特急サンライズで移動し、早朝の岡山で自転車旅行の荷物をホテルに預け、 津山市に移動して仕事を済ませ、翌日は逆に仕事の荷物を岡山のホテルに預け、自転車を持ってJRで東尾道駅まで移動。 そこで自転車を組み立てて旅が始まったのですが、ここでしまなみ海道についてほとんど調べていなかったことを痛感することに。 まず、重装備の自転車は最初の島となる向島へは尾道駅前の渡船で行ったほうが安全ということで、降りる駅を東尾道にしたことが一つ目の失敗。 そして、自転車道は島と島を渡る橋だけであり、その間は島の中の道路を大きく迂回するコースとなっていて、 オマケに橋を渡るごとにかなりの高さまで登っていかなければならないという難コースであることを尾道駅前で知ることに。 仕事の処理を終え、岡山から移動、尾道駅まで自転車で走っていることですでに午前中の時間を使い果たし、 80キロにも及ぶしまなみ海道を午後だけで走るのは、若いころならまだしも、40歳超えた体ではかなり厳しいというのが失敗した二つ目。 そして、これは予想していたことでしたが、自転車で走れるしまなみ海道は写真を撮りたくなるポイントが想像以上に多く、 当然ながら時間がかかってしまうことが三つ目の失敗。 橋から見る瀬戸内海はまさに絶景、車ではまったく味わえない光景や風に大満足するものの、この先どうなるかが予想できただけに気もそぞろ状態。 案の定、最後の橋で最大の難関である来島海峡大橋に到着したのは夜の10時、真っ暗闇の中を自転車で海を渡るのはなかなか怖いものがある。 さらに問題なのが、来島海峡大橋を甘く見ていたこともあったが、連休のためホテルがとりずらかったこともあって、この日の宿ははるか先の新居浜。 込んでいるため変更もできず、四国に渡った最初の駅・波止浜駅で自転車をいったん止め、列車で新居浜へ移動しようと画策したが、最終電車ぎりぎりの時間。 途中の西条までしか行かない普通電車に乗ったが、幸い西条で新居浜行き最終の特急列車があることが判明。 ホテルにはなんとか着いたものの、深夜の1時近くでクタクタの状態。 翌日は新居浜のホテルに大きな荷物を預け、列車で自転車を置いた波止浜駅までふたたび戻り、自転車でツーリングを開始。 途中、石鎚神社に寄り道してから荷物を預けた新居浜まで走ったものの、計画していた伊予三島まではムリと判断。 預けていた荷物を回収してそのまま新居浜駅から電車で坂出に移動、ここで宿泊。 翌日は坂出で自転車を使って瀬戸大橋記念公園までを往復、さらに鉄道で岡山側の児島駅で下車、再び自転車を組み立てて、瀬戸内の景勝地・鷲羽山展望台で夕日を撮影。 児島駅に戻って輪行、岡山駅に戻り、ホテルに預けていた仕事の荷物を回収、その日の寝台特急サンライズで東京に帰還した。

 
JR東尾道駅前にて                しまなみ海道・因島大橋にて
 
しまなみ海道・多々羅大橋にて                 新居浜駅前にて

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計画名 81 岩出山輪行計画
実行年月日  2009年9月19日〜9月21日
往路輪行2009年9月19日
自家用車を使用。
東北自動車道使用、撮影のため阿武隈、丸森町を経由。
自転車走行区間道順2009年9月20日
大崎市(旧・古川市東大崎駅→(一般道)→西大崎駅→(国道47号線)→岩出山
→(国道47号線)→鳴子温泉→(国道47号線)→瀬見→(県道新庄舟形線)→
舟形町(長沢駅)
(長沢駅で輪行、車の止めてある東大崎駅へ移動
 長沢発1923→鳴子温泉2013/2023→東大崎2055着)
復路輪行2009年9月21日
自家用車を使用。
撮影のため白石蔵王(刈田峠)経由。
東北自動車道を使用。
使用車輌  MF26MGB


20
出発・到着地
大崎(東大崎駅)
岩出山
鳴子温泉(鳴子峡)
宮城・山形県境
赤倉温泉駅
舟形町(長沢駅)
出発・到着時間
0900発
0940着 1100発
1330着 1430発
1600着
1640着
1905着
走行距離   71.4km
宿泊地
古川(三本木町) 9月19日 道の駅三本木『やまなみ』(車中泊)
宮城県大崎市三本木大豆坂

仙台 9月20日 菅生パーキングエリア(車中泊)
東北自動車道村田インター〜仙台南インター間

キップ
岩出山駅[東日本旅客鉄道]       鳴子温泉駅[東日本旅客鉄道]
備考

2009年は9月に5連休ができて『シルバーウイーク』と呼ばれ、出かけないのももったいないということで、車に自転車を積んで急遽走りにいった旅。 自転車で走る前に風景を撮影するために丸森町へ寄り道、阿武隈川ラインくだりや沢尻の棚田などを撮影したが、このときにシートベルト未着でパトカーに捕まってしまった。 そのまま車で走り続け、初日は古川の手前の三本木町にある道の駅に車を止めて車中泊。 目が覚めると道の駅の駐車場はアニメの絵を描いた『イタ車』と呼ばれるオタクの集会と化していてびっくり。 それを横目に、自転車で走るスタート地点を探しに古川に入り、車が止められる駅を探したが西古川駅まで車が駅前に止められず、ようやく東大崎駅に停泊。 ここに車を止めて自転車で出発、だがそれほど走らずに撮影の目的地・岩出山に到着。 岩出山城跡、そして旧・有備館で撮影のために一休み。旧仙台藩の藩校だったというが、有備館の庭園は見事だった。 さらに進んで鳴子温泉へ。駅で切符を買って鳴子峡へ撮影のために入ったが、紅葉前なのでそれほど見事な写真にはならず、時間をかなり浪費、これがあとあとまで響いた。 ここからの峠道に苦戦して宮城・山形県境を越えたのが夕方の4時、このままでは新庄に着くまでに真っ暗になってしまう。 通常なら暗くなるくらいで走るのをやめたりはしないが、宿を予約していないのでどうしても車の置いてある東大崎駅まで戻らねばならず、その最終列車が新庄を夜7時過ぎに出発する。 これに乗れなければアウト、駅での野宿だが、日が暮れたあとの冷え込みを考えると今日の装備で野宿はムリがある。 ということで新庄まで行くのを断念、手前の舟形町長沢駅を目指すが、本当に真っ暗でどこに駅があるのか分からない。 国道から分かれて舟形町へ向かう県道に入ったらなおさら真っ暗で、駅がどこにあるか分からない。 地図で確認したら川を挟んで対岸にあることが判明、途中で駐在さんの家に飛び込んで道を聞き、なんとか長沢駅に到着。 列車が出る20分前、急いで自転車をばらして輪行袋に詰め、ギリギリ列車に乗り込んで車が待つ東大崎駅にたどり着くことができた。 その後は白石蔵王の『お釜』を撮影したかったのだが、現地までいったものの悪天候で断念、そのまま東京に帰宅した。

 
JR東大崎駅前(大崎市)にて         岩出山城跡(大崎市)にて
 
鳴子峡・大谷観音にて             終着地のJR長沢駅(舟形町)にて

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計画名 80 三次輪行計画
実行年月日  2009年5月4日〜5月7日
往路輪行2009年5月4〜5日
寝台特急サンライズ瀬戸 東京22時00分発 岡山6時27分着
山陽本線普通列車で岡山から西条(東広島市)へ移動。西条に8時頃到着。
(自転車の旅終了後に西条で仕事をするため、駅前のホテルに荷物を預ける)
自転車走行区間道順
東広島・西条→(国道485号)→東広島・八本松→(県道東広島白木線)→広島・白木
→(県道広島三次線)→三次→(国道183号線)→庄原・備後落合→(国道314号線)→
奥出雲→(国道314号線)→雲南・木次→(国道54号線)→松江・宍道
復路輪行2009年5月7日・9日
(7日)特急やくも24号 宍道15時45分発 岡山18時38分着
(倉敷で降りる予定だったが、荷物だけ降ろして本人が降りられず、そのまま岡山へ)
山陽本線の普通電車で急いで倉敷に戻っておきっぱなしの荷物を回収
(駅員が保護していた)、そのまま在来線で東広島市の西条駅へ移動。

(9日)8日に西条で仕事を済ませ、すべての荷物とともに移動。
山陽本線で西条から三原へ、三原から新幹線、岡山乗り換えで東京へ。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
東広島・西条
東広島・志和
(井原市)
(向原)
(上川立)
三次
出発・到着時間
0900発
1130着 1200発
1245着 1330発
1400着
1615着
1740着



出発・到着地
三次
庄原
庄原・備後落合
広島・島根県境
奥出雲・出雲横田
出発・到着時間
0930発
1200着 1300発
1615着
1900着
2000着



出発・到着地
奥出雲・出雲横田
奥出雲・出雲三成
雲南・木次
松江・宍道
出発・到着時間
0900発
0945着
1130着 1200発
1310着
走行距離  176.5km
宿泊地
三次 5月5日 ホテルα−1三次
広島県三次市十日町西1−4−22

奥出雲・横田 5月6日 旅館ふくろや
島根県奥出雲市横田

キップ
西条駅[西日本旅客鉄道]        井原市駅[西日本旅客鉄道]
向原駅[西日本旅客鉄道]        三次駅[西日本旅客鉄道]
出雲横田駅[西日本旅客鉄道]      木次駅[西日本旅客鉄道]
宍道駅[西日本旅客鉄道]
備考

ゴールデンウイークの連休の谷間に広島での仕事が入り、その往復を利用して中国地方横断の自転車旅行をしようと計画したかなりハードな旅。 連休に入って、親戚の子供たちの襲来をかたずけ、そのまま寝台特急で岡山へ、さらに在来線でスタート地点であり仕事をする街となる東広島市の西条へ移動。 駅前のホテルに仕事で使う荷物を預け、自転車を組み立てて出発。当初、天気予報ではあまり良くないといわれていたが、以外にも好天に恵まれた。 東広島市の八本松から内陸に入り、芸備線沿線に沿って三次へ。この初日は予想より走りやすい道だったため、早めに宿泊地の三次に到着できた。 しかし、その後は中国山地越えの難関が続き、おまけに当初楽だと思っていた三次〜庄原間で予想以上に時間を使ってしまい、最大の難関、おろちループ橋につく頃には日が暮れてしまった。 さらに、桜が咲いているような気温のため、寒くて野宿もできず、なんとかJR出雲横田駅前の旅館に部屋をとって泊ることができたのが幸いだった。 2日目の日程で思わぬ苦戦をしたため、撮影の寄り道を考えていた『鬼の舌震』には行くことができず、翌日の東広島での仕事の関係でできるだけ早くゴールの宍道に着く必要があったため、 3日目はとにかく飛ばした。下りのため宍道には木次線の備後落合行き最終列車(宍道1400発)に間に合う時間に到着できたが、特急やくもで倉敷経由で戻ったほうが早いことに気づき、予定を変更。 ところが、倉敷駅で乗り換える際、荷物をホームに下ろして自転車をとりに車内へ戻ったときにドアが閉まり、荷物を倉敷駅に残したまま終点の岡山へ。 あわてて倉敷へ戻ったら、荷物は駅員が確保しておいてくれたので、盗まれることなく取り返し、仕事の荷物が置いてある西条へと戻ることができた。 その翌日、西条での仕事も無事に終え、すべての荷物を担いで鉄道輪行で東京へと帰還した。

 
JR西条駅前(東広島市)にて         庄原市・上野公園にて
 
JR比婆山駅(庄原市)にて          宍道・八雲本陣にて

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計画名 79 串本輪行計画
実行年月日  2008年9月12日〜9月16日
往路輪行2008年9月12・13・14日
車を使用、東京発12日2時。東名高速・東名阪自動車道路経由。
三重県紀伊長島、道の駅・紀伊長島マンボウ13日2時30分着
道の駅・紀伊長島マンボウ13日8時30分発 鬼ケ城11時着・14時30分発 紀伊勝浦16時着
14日、紀伊勝浦〜那智山間を自転車で往復後、車で移動。紀伊勝浦14時発 潮岬18時着
自転車走行区間道順
紀伊勝浦→(県道勝浦那智山線)→那智山→(県道勝浦那智山線)→紀伊勝浦

串本→(国道42号線)→すさみ→(国道42号線)→日置川→(日置川太平洋自転車道)→白浜
→(国道42号線)→紀伊田辺
復路輪行2008年9月16日
潮岬16日8時発 紀伊長島12時50分着 東京22時30分着
使用車輌  MF26MGB


14
出発・到着地
紀伊勝浦
那智山
紀伊勝浦
出発・到着時間
0850発
1030着 1230発
1315着


15
出発・到着地
串本
すさみ町貝老津
周参見
潮来
紀伊田辺
出発・到着時間
0850発
1040着 1115発
1200着 1300発
1600着
1630着
紀伊田辺〜串本〜紀伊有田間輪行
特急スーパーくろしお21号 紀伊田辺1709発(6分遅れ)→串本1817着(6分遅れ)
普通 串本1830発→紀伊有田1837着

走行距離   85.0km
宿泊地
紀伊長島 9月12日 道の駅・紀伊長島マンボウ(車中泊)

紀伊勝浦 9月13日 勝浦ビジネスホテル
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜の宮

串本・潮岬 9月14・15日 みさきロッジユースホステル
和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2864の1
キップ
周参見駅[西日本旅客鉄道]        潮来駅[西日本旅客鉄道]
備考

きっちりコースを練ったゴールデンウイークの伊勢志摩輪行計画とは大違い、みさきロッジユースホステルの2泊以外は何も決まっていないで実行した旅。 唯一の目的は、紀伊半島で唯一自転車で走っていない串本〜紀伊田辺間を走ること、南紀輪行計画で通った世界遺産を撮影して回ること(南紀輪行のときはデジカメがまだなかった)。 初日となった9月12日の夕方に東京を出発、東名高速・東名阪自動車道経由で南紀の入口、紀伊長島の道の駅で車中泊。
翌日は紀伊長島から紀伊勝浦までの区間を車で回って撮影。熊野古道・大吹峠や松本峠、鬼ケ城などの世界遺産登録地、熊野灘を撮影。 この日は宿を予約しておらず、翌日に那智山まで自転車で走ることを考えて勝浦周辺に泊まりたいから、また車中泊かな、と諦めていたら、最高の立地にあるビジネスホテルに宿泊できた。 おかげで翌日の勝浦〜那智山往復は体を休め、余裕を持って走れた。那智山では撮影に手間取ったものの順調に走りきり、昼過ぎに車を置いてある勝浦のビジネスホテルに帰還。 そのまま車に積んで潮岬のユースホステルへ。
本番の串本〜紀伊田辺間のツーリングは、午後から雨になることが確実な天気。そのため車で串本の隣駅、紀伊有田駅まで車で移動。 何かあったらすぐに輪行して車に戻ってこれる体制で串本を自転車で出発。午前中はいい天気だったが、昼食を食べるために立ち寄った周参見駅でもう雨が降り出した。 結局、終点の紀伊田辺までずっと雨。しかし降りは思ったより弱くて助かった。だが、リアス式海岸で雨というのは体力の消耗が激しい。車のバックアップ体制をとっておいてよかった。

 
那智・那智の滝にて         すさみ・天鳥の海岸にて
 
すさみ・見老津駅にて        紀伊田辺駅前にて

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計画名 78 志摩輪行計画
実行年月日  2008年5月3日〜5月5日
往路輪行2008年5月3日
車を使用、東京発2時。東名高速道路経由。
豊川稲荷8時着・9時30分発 伊良湖岬12時30分着
車を伊良湖岬に止め、自転車でフェリーに乗船。伊良湖岬14時10分発 15時5分着
自転車走行区間道順
鳥羽→(国道167号線)→穴川→(県道磯部大王号線)→坂崎→(パールロード)→国府
→(一般道)→安乗岬→(一般道)→国府→(県道磯部大王線)→大王岬→(一般道)→登茂山展望台
→(一般道)→波切→(国道167号線)→鵜方→(国道167号線)→穴川→(国道167号線)→鳥羽
復路輪行2007年5月5日
フェリーで車が止めてある伊良湖へ。鳥羽14時40分 伊良湖岬15時35分
(混雑のため発・着とも遅れ)
車に自転車を積み込んで輪行。伊良湖発16時30分 東京25時着。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
鳥羽
穴川
出発・到着時間
1540発
1715着



出発・到着地
穴川
国府
安乗岬
大王岬
登茂山展望台
鵜方
横山
穴川
出発・到着時間
0915発
1000着
1030着 1115発
1230着 1330発
1420着 1530発
1620着
1630着 1715発
1745着



出発・到着地
穴川
五知・白川
※雨天のため退避
鳥羽
出発・到着時間
1000発
1050着 1300着

1350着
走行距離   88.0km
宿泊地
穴川 5月2日・3日 伊勢志摩ユースホステル
〒517-0213 三重県志摩市磯部町穴川1219−82  電話0599−55−0226
キップ
中ノ郷駅[近畿日本鉄道]         穴川駅[乗車証明書・近畿日本鉄道]
鵜川駅[近畿日本鉄道]        志摩横山駅[乗車証明書・近畿日本鉄道]
白木駅[乗車証明書・近畿日本鉄道]
備考

このホームページの画像展示館では、関東以外で愛知・三重・和歌山の画像が少なかった。今回はそれを補う画像を撮ろうと計画。 また、自転車旅行No66 知多輪行計画で知多半島から渥美半島までフェリーを使った際に、渥美半島から鳥羽までフェリーがあること、 渥美半島の伊良湖岬には道の駅があって車が止められることを知り、ゴールデンウイークの大渋滞を回避ために使うことを考えていたので、今回の旅で実行した。
真夜中に東京を出発、東名高速道路を経由。それでも渋滞に巻き込まれたが想定内で渋滞を脱出、夜が明けて名古屋周辺の大渋滞を避けるために豊川で高速をおりて 豊川稲荷に寄り道。画像を撮り、途中も画像を撮りながら渥美半島の突端・伊良湖岬へ。高速道路は雨の中を走ったが、豊川稲荷到着後に晴れてきた。その後は好天に。
想定どおりフェリーは車で大混雑、バイクもかなり混雑していたが、自転車は自動的にその列の最前列へ。三重県側に渡り、鳥羽からユースホステルのある穴川へ。 ゴールデンウイーク中の移動ながら、予想以上に順調な滑り出し。
2日目は自由に志摩を自転車でまわって画像を撮ろうと計画。国府、安乗、大王、登茂山と最高にいい天気の中、順調に走行。 途中、登茂山に行く途中に車にひかれそうになっていた亀を救出なんていうハプニングもあった。とりあえず最低ラインの鵜川駅まで着いたとき、すでにカメラは電池切れ・メディア切れ。 まぁ、十分いい写真も撮れていたし、かなり時間も体力も押していたので無理はせずにこのまま鵜川から穴川のユースホステルに戻った。おかげでかなり日焼けした。
3日目は距離を稼ぐ・・・予定だったが、2日目とはうってかわっての雨天。予定では伊勢より先まで走ろうと計画していたが、フェリーの出る鳥羽に戻るので精一杯の状況。 それでも、途中の白木駅、五和駅で雨宿りすることに。なんとかやり過ごし、致命傷となるまでの浸水もなく鳥羽まで戻ることができた。
しかも、混雑で遅れていたフェリーへすぐに乗ってくれとのことで、時間を無駄にすることなく伊良湖岬の車に合流。自転車を車に積み込み、お土産を買って復路の輪行へ。 だが予想通り東名高速は大渋滞。ユースで一緒に泊まった人に教えてもらった国道1号バイパスを縫うように走り、箱根新道・横浜新道経由で東京へ。 予定より早く自宅に戻れたのでよかった。

 
自転車での走行コース         鳥羽フェリー乗り場にて
 
安乗岬にて              大王岬にて
登茂山展望台にて

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計画名 77 中国縦断輪行計画
実行年月日  2007年9月30日〜10月4日
往路輪行2007年9月30日〜10月1日
東京〜京都(JR東海道本線)間 寝台急行『銀河』(東京2300発→京都0643着)
京都〜鳥取(JR東海道・山陽本線、智頭急行、因美線)間 特急『スーパーはくと1号』(京都0706発→鳥取1003着)
自転車走行区間道順
鳥取→(国道29号線)→鳥取砂丘→(国道29号線)→郡家→(県道32号線)→河原
→(国道53号線)→奈義→(国道53号線)→津山→(国道53号線)→岡山
復路輪行2007年10月3〜4日
岡山〜東京(JR東海道・山陽本線)間 寝台特急『サンライズ出雲』(岡山2233発→東京0708着)
使用車輌  MF26MGB
10


出発・到着地
鳥取
末恒
※雨天のため輪行、鳥取へ
出発・到着時間
1130発
1240着
※雨天のため輪行、鳥取へ
10


出発・到着地
鳥取
鳥取砂丘
郡家
用瀬
智頭
黒尾峠
奈義
出発・到着時間
0900発
0930着 1100発
1210着 1320発
1450着
1600着 1700発
1900着
1950着
10


出発・到着地
奈義
高野
津山
美咲
福渡
野々口
岡山
出発・到着時間
0930発
1020着
1100着 1230発
1320着
1450着 1520発
1640着
1810着
走行距離  152.1km
宿泊地
鳥取 10月1日 ホテルα−1鳥取
〒680-0833 鳥取県鳥取市末広温泉町759  電話0857−29−9188
宿泊地
奈義 10月2日 那岐旅館
岡山県勝田郡奈義町久常243-2  電話0868−36−3130
キップ
鳥取駅[西日本旅客鉄道]        末恒駅[乗車証明書・西日本旅客鉄道]
郡家駅[乗車証明書・西日本旅客鉄道]         因幡船岡駅[若桜鉄道]
智頭駅[車内補充券・智頭急行]           津山駅[西日本旅客鉄道]
福渡駅[西日本旅客鉄道]       野々口駅[乗車証明書・西日本旅客鉄道]
岡山駅[西日本旅客鉄道]
備考

 自転車の旅をはじめて、ずっと空白地帯だった山陰・山陽間。 自宅からの距離はもちろん、輪行するうえでも交通の便が悪く、 スタート地点に立つ段階で困難が多かったことが要因だが、 今回は往復に寝台列車を使い、混む時期を避けることで実現。 しかし、直前まで深夜までの仕事に追われて、体にはかなりの疲労が・・・。
 そんな中での旅は、初日に雨。この日に鳥取近くの白兎海岸・砂丘を回ることができず。 それでも翌日、砂丘だけは行っておこうと思い、朝にまだ足跡が少ない砂丘の写真を撮ることができた。 が、その代償は黒尾峠で日が暮れるという事態に。もともと無理を承知で走ったのだが、 真っ暗闇に雨、そして腹痛に襲われるというトリプルパンチのなかで、 コース上で唯一の街である津山にたどり着くのは夜の9時以降になりそうな状態だった。 しかし、ここで奇跡的に旅館の看板を発見、なんとか雨をかわし、疲れをとることができた。
 翌日は前日の残り分であった津山まで走り、城跡・街並み保存地区の撮影をして一気に岡山へ。 昨日とはうってかわっての好天となり、夜の7時過ぎに岡山に到着。 途中、カメラのレンズが故障して使えなくなるというハプニングはあったものの、 食事をし、自転車をバラして寝台列車に乗り込むには十分すぎる時間に着けた。
 コース的にはたしかに厳しい部分もあったが、思った以上に体が疲れた。 もう無茶はきかなくなっていることを実感することになったが、おかげでストレスは完全に発散。 帰宅後、鍼灸院で体をケアし、翌日には仕事で長野まで出張。 この体もまだまだ捨てたものじゃないな、と思った旅でした。

 
朝の鳥取砂丘にて           JR因美線・用瀬駅にて
 
JR津山線・福渡駅にて         鶴山公園(津山城跡)にて

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計画名 76  木曾輪行計画
実行年月日  2007年5月3日〜5月5日
往路輪行2007年5月3日
車を使用、東京を4時30分発、中央高速自動車道(塩尻IC)、
国道19号線で道の駅・日義木曽駒高原(長野県木曽郡日義村)で車を留置。
自転車走行区間道順
木曽→(国道19号線)→南木曽→(国道19号線)→中津川→(国道19号線)→多治見
→(県道名古屋多治見線)→高蔵寺→(一般市道線)→勝川→(国道19号線)→名古屋(大曽根)
復路輪行2007年5月4〜5日
車を使用、往路と同じく塩尻ICから中央高速自動車道にのり、八ケ岳PAで仮眠。翌日東京へ。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
木曽福島(日義村)
上松(寝覚の床)
大桑
南木曽
中津川
出発・到着時間
1130発
1210着 1320発
1410着
1515着 1700発
1900着



出発・到着地
中津川
恵那
瑞浪
多治見
高蔵寺
名古屋
出発・到着時間
0930発
1015着 1045発
1245着 1400発
1520着 1545発
1650着 1710発
1900着
走行距離  131.6km
宿泊地
中津川 5月3日 ホテルルートイン中津川インター
〒508-0015 岐阜県中津川市手賀野375−1  電話0573−62−4511
キップ
木曽福島駅[東海旅客鉄道]    南木曽駅[東海旅客鉄道]
恵那駅[明智鉄道]        多治見駅[東海旅客鉄道]
高蔵寺駅[愛知環状鉄道]     勝川駅[東海交通事業]
大曽根駅[名古屋市交通局]
備考

 今回の旅は、20年前の中部計画のリベンジ旅行として計画。 高校卒業の年、真冬に実行したこの旅は大雪に遭遇。 中央道を名古屋まで走破するはずだったが、東京を出て 山梨県大月市から先はすべて雪が降り、気温も当然氷点下。 結局、南木曽まで走って走行を断念した経緯があり、 その時に走行できなかった区間を走る旅で、長年計画していたもの。
 当日はゴールデンウイーク、電車の切符もとる時間がなかったので車で輪行。 早朝午前2時に東京を出発し、午前中の早い時間に出発地点の木曾福島の隣駅になる 原野駅近くの道の駅に到着、少し仮眠してから自転車を組み立てて出発。
 コースは名古屋近郊まで国道19号を西に向かう単純なコース。 20年前とはうってかわっての好天。だが、木曽路は古い町並みが残る宿場町。 ただ走るだけではもったいないので、車(往路輪行区間)で奈良井宿、 自転車で南木曽の妻籠宿に寄り道しながら宿泊地の中津川へ。
 翌日も好天、この日は短い時間に鉄道写真を撮る以外は走ることに徹した。 とはいっても、もう豪快に走ることはできず、日が沈む前に名古屋には着けなかった。 輪行は中央本線・大曽根駅で行い、普通列車の原野着最終電車で車のある道の駅まで戻り、 車に自転車を積み込んで東京に戻り、無事完走して終了した。

 
出発地点となった道の駅・日義木曾駒高原で木曾駒ケ岳をバックに      JR中央本線・大桑駅にて
 
南木曽・妻籠宿にて          名古屋の城北線・勝川駅にて

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計画名 75  栗駒輪行計画
実行年月日  2006年9月6日〜9月7日
往路輪行2006年9月5日
車を使用、東北自動車道経由、JR陸羽東線・池月駅前の
道の駅『あ・ら・伊達な道の駅』に車を留置。
自転車走行区間道順
池月→(国道457・398号線)→一迫→(一般県道・国道457号線)→
細倉→(国道457号線)→栗駒→(県道中田栗駒線)→金成→(国道4号線)→一ノ関
※一ノ関市に入って雨天、装備も進水。このあとの工程を断念して一ノ関で宿泊後、
自転車を留置してJR東北本線で車が留置してある池月へ。
復路輪行2006年9月7日
池月到着後に車を使用、自転車を回収するため国道4号線経由で一ノ関へ。
自転車を回収後、往路と同じく東北自動車道経由で東京へ。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
池月
一ノ関
出発・到着時間
1100発
2000着
走行距離   55.0km
宿泊地
一ノ関 9月6日 ホテル東横イン一ノ関駅前
〒021-0882 岩手県一関市上大槻町2−33
キップ
栗駒駅[くりはら田園鉄道]    沢辺駅[くりはら田園鉄道]
備考

 山形県酒田市での仕事のため、車で東京を出発、そのまま自転車の旅に突入するために自転車と装備一式も積み込んだ。 前日までに仕事を終え、日本海側の酒田から太平洋側へ戻り、停泊場所を探す中でJR陸羽東線・池月駅前(宮城県大崎市岩出山町)の道の駅へ。 JRの駅に近いという貴重な道の駅のため、走り終わった後の輪行も楽になるため、ここで車中泊。
 翌日、自転車を出して池月駅前を出発。天候が怪しい中で峠を越え、一迫から廃線間じかのくりはら田園鉄道沿線へ。今回の大きな目的だったこの沿線沿いに沢辺まで走破。 このあたりまではなんとか天候も持ちこたえ、田んぼの真ん中で昼飯を食べられるほどだったが、国道4号線と交差する沢辺到着直前に雨。 しばらくの間、沢辺駅で雨宿りするハメに。しかし小降りだったので短時間でやみ、急ぎ国道4号を北上して、一番近い都市である一ノ関を目指す。
当初から一ノ関宿泊の予定だったが宿は決めていなかった。途中で雨に降られた場合、一ノ関到着前でも宿泊する可能性があると考えたからだが、 一ノ関まではまったく街を通過しないためこれは不可能となり、なんとかたどり着くしかないと判断して自転車を飛ばした。
 しかし、一関市に入ったところで雨が降り、しかもかなりの雨量となる。しばらくの間、国道4号線から市街地へと分岐する地点で停泊、国道4号線のガード下で雨宿り。 だが、小降りになるどころか雨はますます強くなり、周辺も日が暮れて暗くなってきたため、雨の中の強行突破を決断。わずかな距離だったが雨が強かったため、衣類はもちろん装備品まで浸水。 なんとかJR一ノ関駅前のホテルに部屋を確保したものの、被害が大きく、このあとの自転車走行を断念(最終目的地は花巻もしくは盛岡)。 とりあえず泥だらけの自転車を輪行するのではなく、ホテルに自転車を置いてJR線で車を留置してある池月駅へ。車に乗り換えて一ノ関に向かい、自転車を回収してそのまま東北自動車道で東京へ戻った。

 
残念ながらこの旅が終わってからまもなく廃線となってしまった細倉マインパーク前駅(左)と沢辺駅(右)
出発地点のJR池月駅にて

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計画名 74  長井輪行計画
実行年月日  2006年5月3日〜5月5日
往路輪行2006年5月3日
車を使用、15時出発。常磐・磐越・山形自動車道経由、山形自動車道寒河江SAに翌日1時到着。そのままサービスエリアに車を留置。
自転車走行区間道順
寒河江→(国道458号線)→大江→(国道287号線)→
白鷹→(県道長井大江線)→長井→(国道287号線)→米沢→(国道13号線)→
山形→(県道山形朝日線)→山辺→(国道458号線)→寒河江
復路輪行2006年5月5日
自転車で寒河江SA到着後に車を使用、18時出発。山形・東北自動車道で途中福島県本宮ICで高速を降りて復路のチケットで高速代を清算。 さらに一般道経由で船引三春ICから東北自動車道に入り、常磐自動車道経由で東京へ、翌日1時に到着。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
寒河江
朝日
白鷹
長井
今泉
川西
米沢
出発・到着時間
0830発
1000着
1150着 1325発
1600着
1645着
1715着
1850着
走行距離
79・9Km



出発・到着地
米沢
南陽(赤湯)
中川
山形
寒河江
出発・到着時間
1000発
1145着
1250着 1320発
1500着 1530着
1710着
走行距離
73・6km
走行距離  153・5Km
宿泊地
米沢 5月4日 ホテル三ルート米沢
〒992-0039 山形県米沢市門東町3−3−1
キップ
今泉駅[山形鉄道]      赤湯駅[東日本旅客鉄道]
中川駅[乗車証明書・東日本旅客鉄道]  山形駅[東日本旅客鉄道]
備考

 今回の旅は、前々から仕事で利用していた山形自動車道の寒河江サービスエリアが車を止めて、 そのまま自転車で旅ができそうなことを知った上で、ここに停泊するなら安全と考えて計画したもの。 自転車の旅としては、山形内陸部をぐるっと一周するコースだが、走ることよりも長井〜米沢間の通称『桜回廊』と呼ばれる沿線の桜をカメラで撮る方がメインだったかもしれない。 国指定天然記念物となっている大明神桜、子守堂の桜、釜の越桜、台ノ沢の桜並、薬師桜、葉山神社のしだれ桜などを撮影。 桜が咲くこの時期にはこれらの有名な桜は駐車場に車を止まるのが困難であり、それを自転車でやってしまおうというのが第一目的だった。 そのため、速度はかなりのスローペース、途中山形鉄道の撮影などもしていたため、走行距離はさほど長くはないものの、かなりの時間を要して走り、米沢・寒河江到着とも日が暮れてからとなった。 しかし、撮影ポイントが多かった初日の寒河江〜米沢間は意外とフラットな道路が多く、体への負担が少なかったのが助かった。 アップダウンに関しては帰り道の米沢〜山形〜寒河江間のほうがはるかに多く、こちらは純粋に走りで苦労した。(スタート前に桜が満開の上杉神社で時間を潰しすぎた影響もあったが)

 
出発地点となった寒河江サービスエリア(左)と白鷹町・台ノ沢の桜並木の前で(右)
 
JR米坂線羽前小松駅前(左)と、桜が満開となった米沢神社にて(右)

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計画名 73  徳島輪行計画
実行年月日  2005年9月7日〜9月10日
往路輪行2005年9月7日
鉄道を使用、寝台特急サンライズ瀬戸(東京2200発 高松0726着)
自転車走行区間道順
高松→(国道11号線)→坂出→(県道33号高松丸亀線)→
丸亀→(国道11号線)→多度津→(国道34号線)→琴平→(国道34号線)→
池田→(国道192号線)→徳島→(国道55号線)→阿南
復路輪行2005年9月10日
鉄道を使用、JR牟岐線・阿南(1521発)〜徳島(1610着)、 JR高徳線・徳島(1817発)〜高松(2047着)は普通列車、寝台特急サンライズ瀬戸(高松2126発 東京0708着)
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
高松
(栗林公園)
坂出
(瀬戸大橋)
丸亀
琴平
出発・到着時間
0915発
0930着 1020発
1200着 1230発
1300着 1400発
1440着
1600着
走行距離
56・0Km



出発・到着地
琴平
猪ノ口峠
三加茂
穴吹
徳島
出発・到着時間
0930発
1130着
1315着 1400発
1610着
1930着
走行距離
93・5km


10
出発・到着地
徳島
阿南
出発・到着時間
0930発
1145着
走行距離
22・9km
走行距離  172・4Km
宿泊地
琴平 9月8日 琴平リバーサイドホテル
香川県仲多度郡琴平町246−1
徳島 9月9日
(ホテル満室のため市街地のカプセルホテルのサウナ休憩室)
キップ
高松築港駅[高松琴平電気鉄道]      坂出駅[四国旅客鉄道]
琴電琴平駅[高松琴平電気鉄道]      穴吹駅[四国旅客鉄道]
 徳島駅[四国旅客鉄道]         阿南駅[四国旅客鉄道]
備考

 四国の東側半分は、No61室戸輪行計画で走りきるはずだったが、台風接近のため高知〜室戸〜牟岐で断念。 その走りきれなかった四国東側海岸を走破するのがこの旅最大の目的だった。初日は平地が多いために栗林公園や丸亀城、瀬戸大橋といった寄り道をしながら走り、距離も短かったため順調に琴平に到着。 翌日はいきなりの峠越えだったが、思ったほどのロスもなく池田に到着できたものの、その先で雨天となり、三加茂の天然記念物・大クスの木の根元で雨宿りしてかなりの時間ロスに。 この影響が徳島到着でホテル確保ができないという事態をひきおこした。なんだか大きなイベント(学会?)がある影響のためらしく、結局ホテル確保はできず、カプセルホテルのサウナ休憩室ということに。 しかし、最大のハプニングは3日目に訪れた。寝不足だが好天で今日も順調に走れると思っていた矢先に、ハンドルミスで後輪のタイヤに大きな裂け目ができてしまった。 だましだまし走っていたものの、阿南市に入って大きな音とともに後輪が破裂、補修は当然不可能な状態に。市街地から離れたバイパスを走行していたため、阿南駅まで歩くのにも一苦労。 途中、ホームセンターでタイヤを入れ替えられないか見てみたが、フレンチバルブのタイヤが売っていなくて断念。結局、阿南駅で自転車をバラして高松まで移動。 往路と同じサンライズ瀬戸で東京へ逆戻りした。その結果、四国東側海岸は阿南〜牟岐間が未走行区間として残った。 ど〜も四国の自転車の旅は波乱が多く、最後まで完走できないパターンが続いている

 
出発地点の高松にある栗林公園の入り口(左)と坂出の瀬戸大橋公園(右)
 
琴平の金比羅山本堂(左)と、無念のリタイヤとなり、輪行することになってしまったJR阿南駅(右)

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計画名 72  五能輪行計画
実行年月日  2005年5月3日〜5月6日
往路輪行2005年5月3日
車を使用、この日は車での移動のみ。大湯温泉・黒森ユースホステル(秋田県鹿角市)泊まり。
2005年5月4日
宿泊地の鹿角市大湯から同市内のJR田沢南駅まで車で移動。駅前に車を留置して自転車での走行に切り替える。
自転車走行区間道順
鹿角→(国道103号線)→大館→(国道7号線)→大鰐(一般県道)→
弘前→(国道339号線)→五所川原→(国道101号線)→深浦
復路輪行2005年5月5日
鉄道を使用、JR五能線・深浦(1948発)〜五所川原(2203着)、列車がなくなったため前日宿泊したのと同じ五所川原市内のホテルに宿泊
2005年5月6日
鉄道と車を使用、JR五能線・五所川原(0740発)〜弘前(0826着)、奥羽本線 特急かもしか・弘前(1027発)〜大館(1101着)、 花輪線 快速八幡平・大館(1104発)〜十和田南(1137着)。留置していた車と合流、自転車を積み込んで東京へ。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
十和田南
(沢尻)
大館
(白沢)
矢立峠
大鰐
弘前
※夕食※
五所川原
出発・到着時間
0915発
1000着
1130着 1200発
1240着 1320発
1420着
1520着 1600発
1720着 1800発
1830〜1920
2100着
走行距離
107・9Km



出発・到着地
五所川原

鯵ヶ沢
(北金ヶ沢)
深浦
出発・到着時間
0930発
1130着 1315発
1400着
1610着
1930着
走行距離
62・0km
走行距離  169・9Km
宿泊地
十和田南(鹿角市) 5月3日 大湯温泉・黒森荘ユースホステル(前日宿泊)
秋田県鹿角市十和田大湯字上ノ湯63
五所川原 5月4日・5日 ホテルサンルート五所川原
青森県五所川原市布屋町25
キップ
十和田南駅[東日本旅客鉄道]       大館駅[東日本旅客鉄道]
 大鰐駅[弘南鉄道]           中央弘前駅[弘南鉄道]
五所川原駅[東日本旅客鉄道]       津軽五所川原駅[津軽鉄道]
備考

 近年の自転車の旅はギリギリまで仕事をしている関係上、どうぢても計画性に欠ける部分が出やすくなり、当初の考え通りのコースを走りきれない場合が多い。この旅はその典型かもしれない。 当初は盛岡発秋田着を考えていたのだが、出発が遅れてスタートが鹿角に変更。初日の鹿角〜五所川原間は桜祭り真っ最中の弘前で時間をとられたものの、日が暮れた時間に五所川原に到着。 消耗した体力の回復は何とかなったものの、翌日はなぜか写真を撮るポイントが多くてかなりのスローペース。とくに厳しい道はなかったものの速度が上がらず。 おまけに宿があることを期待していた深浦に宿泊できそうな場所がなく、秋田まで走りきる時間もないため、しかたなく深浦で自転車の旅を切り上げ、輪行して五所川原に逆戻りするハメに。 しかも列車があまりに少なく、輪行自体にもかなり時間を費やすことになってしまった。前日泊まったホテルと同じ五所川原のホテルに泊まった後、そのまま輪行して車が留置してある十和田南駅へ移動。 こちらの移動の方が時間がかかると予想していたのだが、うまく列車が遅れて接続できることになり、予定より早く十和田南駅に到着。 この後の車の運転がかなり長時間になるため、早めに車へと切り替えることができたのは大きかった。

 
JR大館駅前のハチ公像(生まれが大館、左)と弘南鉄道・宿川原駅(右)
 
桜満開、桜まつり真っ最中の弘前城(左)と輪行途中に立ち寄った安比高原(右)

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計画名 71  大井川輪行計画
実行年月日  2005年1月7日〜1月9日
往路輪行2005年1月7日
車を使用。東名高速自動車道経由、金屋町の福用駅前で車中泊。
自転車走行区間道順
金屋→(国道473号線)→家山→(県道川根寸又峡線)→千頭
(復路も同コース)
復路輪行2005年1月8〜9日
車を使用。途中、静岡市内のビジネスホテルに1泊してから帰宅。
使用車輌  MF26MGB



出発・到着地
金屋(福用)
家山
下泉
千頭
下泉
川根温泉笹間渡
金屋(福用)
出発・到着時間
1130発
1200着 1220発
1415着
1600着 1650発
1800着
1900着
2000着
走行距離   76・6Km
宿泊地
静岡 1月8日 ビジネスホテルあべ川(復路輪行宿泊)
静岡県静岡市弥勒2丁目43−2
キップ
 家山駅[大井川鉄道]          千頭駅[大井川鉄道]
備考

 冬の限られたコース・日数のなかで行ったツーリングですが、前日の車中泊はやはり自転車でのスタートを遅らせる原因になるな。 大井川をさかのぼるツーリングは以前にも行ったことがあったが、車での輪行に時間をとられすぎてやはり満足に走ることができなかった。 もともと、ここを走るのは併走している大井川鉄道のSLを撮りたかったという目的もあったので、速度が上がらないことは承知の上だったのですが、今回も千頭止まりになってしまった。 でも、近年はあちこち写真を撮りながらの自転車の旅なので、こんなものでいいのかも。第一、計画性のない旅の典型だし。走って、SL撮って、大井川を満喫できればこの旅は合格ということで。 帰り道は日が暮れるまで走っていたこと、前日が車中泊だったこともあって、静岡まで戻った時点でホテル泊まりすることに。やっぱり居眠り運転は怖いから。

 
大井川鉄道福用駅(左)と中川根町・塩郷の吊橋(右)
 
大井川鉄道崎平駅(左)と大井川鉄道千頭駅(右)


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